最終話 くっころガチ勢、くっころを追い求めた末の幸せ
「次はないぞ」という脅しめいた父の言葉でマーガレットの裁判はお開きになった。
あまり王と正面切ってやり合うのは避けたいところだが今回はこちらとしても譲れないところだった。
それだけに過ぎない。
「おや、ヴィクター王子殿下。お久しぶりですね」
「此度の戦勝ご苦労だった。そなたがいなければ亡国の憂き目にあっていたことだろう。感謝する」
「勿体ないお言葉です」
「少しジェラルトとマーガレットと話したい。いいか?」
「どうぞなんなりと。ジェラルト、私は家に帰った後すぐに前線に戻る。これで一旦お別れだな」
「はい。父上、どうかご武運を」
俺が頭を下げると父は俺の頭にポンと手を置いてそのまま去っていった。
昨日の今日でまた戦うのかとなるところだが国境を侵そうとしたヴァイルン王国は放っておけないからな。
「どうしたんですか?ヴィクター王子」
「すまなかったな、父が迷惑をかけた」
「理にかなわぬ戯言に負けるほどドレイク家は弱くありません。少し面倒ではありましたが」
「ドレイク家がこの国の生命線だというのに父上は一体何をやっているのだ……ドレイク家の忠誠が消えればこの国は終わるぞ……」
ヴィクター王子は額に手を当て首を振りながらため息をつく。
だが俺は笑ってみせた。
「ドレイク家は感情で反乱を起こすほど幼稚じゃありませんよ。ですが……何の利もなくただ害でしかないのなら何かしらの処置をしないとなりませんけどね」
「……ふっ、そうか。とにかく今は感謝しかない。ジェラルトもご苦労だった」
「いえいえ。それでは失礼しますね」
プライベートでは友のような存在であれるが政治の場であれば別。
一切の妥協なく俺はドレイク家のために動く。
それが俺たちの歪で健全な関係というものだろう──
◇◆◇
「………」
「どうしてそんなに黙りこくってるんだ?」
「ふぇっ!?だ、だって……その……」
ドレイク領に帰る馬車の中、俺とマーガレットは二人きりで進んでいた。
マーガレットが護衛じゃなく一緒に馬車に乗るのは随分久しぶりな気がする。
それこそ修行をつけてもらっていたとき以来だろうか。
だがマーガレットがどこかぎこちない。
今までこんなことはなかったのにどうしたのだろうか。
「顔も真っ赤だぞ?体調が悪いなら馬車を止めてもらうが」
「だ、大丈夫!私は本当に大丈夫だから!」
そんな風に大丈夫と言う人は大抵大丈夫ではない。
やはりどこか無理をさせてしまっている。
「やはり俺との婚約は嫌だったか……?勝手に話を進めてしまったことは申し訳なく思っている」
「ち、違うわ!ジェラルトとの婚約はその……嬉しいけどなんだか緊張しちゃって……年も年だし結婚なんてしないと思ってたから……」
「マーガレットなら引く手あまただろう?もしかしたら好きな人でもいたんじゃないのか?」
「………バカ」
どうやら俺はバカらしい。
でもマーガレットは少し元気が出たようだ。
「ほら、到着したぞ」
「あ、本当ね」
外にはドレイク家の領主館が見える。
到着すると俺は先に降りてマーガレットが降りやすいようにエスコートする。
「おかえりなさい、ジェラルトさん」
「お疲れ様、ジェラルト」
俺が馬車から降りると待っていてくれたシンシア王女とフローラが出迎えてくれる。
二人はマーガレットを見て嬉しそうに笑った。
「上手くいったみたいですね。ジェラルトさん」
「ああ、多少君のお父上とは険悪になったかもしれないが俺達にとっては最上の結果だろうな」
「ふふっ、私はもうドレイク家に仲間入りさせていただく気満々ですから。たとえ私の実家が相手だろうと遠慮なさらず好きにやっちゃってください。もちろん好きに攻め入っていいですよ、というわけではないですからね?」
そう言ってシンシア王女はいたずらっぽく笑う。
だが彼女がこう言ってくれるだけでも多少楽になった。
実家と俺達の間で板挟みになると俺は王家の肩を持つことはできないからな。
解決が難しくなってしまう。
「ああ、わかってるよ」
「ジェラルト……上手くいったってどういう事?」
「……黙っておくわけにはいかないな。マーガレットには全てを話そう」
そう言って俺はポツリポツリと話し始める。
実はヒューズの内通とクリスティーナの裏切りは割と早い段階、それも俺が士官学校に入学する前からドレイク家は掴んでいたのだ。
俺とマーガレットの婚約を進めたかった父にとって婚約後にカートライト家の事情に巻き込まれるのは勘弁してほしいという思惑があったのだ。
だからこその今回の作戦。
カレンが襲われたのは本当に向こうの暴走でこちらも掴めていなかったが結果としてマーガレットに大きすぎる功を持たせることができた。
だからこそ戦争中にカートライト家の事情がバレ、マーガレットの身柄を確保されないように今回の戦に連れて行ったのだ。
カートライト家のゴタゴタが片付きその後にマーガレットと婚約したほうがまだダメージが少ないとの判断である。
今回の作戦で不安だったのはマーガレットが俺との婚約で苦しまないか。
それと兄妹への処置はどうするかという悩みだった。
「え……それって……」
「ああ、俺とマーガレットの婚約自体は相当前から目指していたらしいぞ?」
母が以前マーガレットに嫁入りしてくれと言っていたことがあったがあれは冗談でもなんでもなく本気だったのだ。
それくらい昔から両親はマーガレットのことを高く評価していた。
「でも今の私は実家の後ろ盾もないただの年増なのよ……?あなたより五歳も歳上なのに……」
「何十年も一緒に生きれば五年なんて誤差の範囲内だ。そんなのは気にする必要はない」
「ジェラルト……」
俺はマーガレットに向かって手を差し出す。
今はまだ弟としか思われていないかもしれない。
だがそれでもいい。
不幸には絶対にさせない。
「……私だけ幸せになってもいいのかな」
「お前は十分に頑張った。もう自分を捨てる必要はないぞ、マーガレット」
「なんだ、来ていたのか」
聞いた覚えのある声。
その声の主はマーガレットが誰よりもわかっていた。
驚きのあまり声を出せずにいる。
「数日ぶりのはずだがなぜだか久しぶりな気がするな」
「そんな脳天気な話をしてる場合じゃないだろう。驚いてるぞ?」
「ど……どうしてお兄様が!?」
そう、そこにいたのは特徴的な赤い髪を全て剃って坊主にしたヒューズだった。
なんかめちゃくちゃ雰囲気あって正直似合ってる。
「おっと、俺はお前の兄じゃないぞ?俺はヒューマだ。今回からドレイク家の家臣になった。以後よろしくな」
マーガレットが『どういうこと?』と言わんばかりの視線を向けてくる。
そりゃあ驚くよな。
死んだって報告された兄がめちゃくちゃイメチェンして現れたのだ。
驚かないはずがない。
しかも髪を剃っただけで別人だと言い張るのだからなおのことだ。
「ヒューマはヒューマだ。深堀りするのはよしておこう」
「……わかったわ。ジェラルトがそう言うならそうする。でも……生きてて本当によかった……」
まあ父が有能な人材をそう簡単に殺すわけ無いよな。
ドレイク家への忠誠心があるとすればなおのことだ。
ちなみに王国中枢には戦場から適当に持ち帰ってきた遺体を焼いてヒューズの骨だと言って送りつけている。
歯型とか骨格で判断できる時代ではないので問題なしだ。
「マーガレット。俺に遠慮するな。好きなだけ未来の旦那に甘えたらいい」
「なっ!?」
「はっはっは!それでは俺はこれで失礼しますよっと」
ヒューマは笑いながら歩き去っていく。
マーガレットはからかわれて顔を真っ赤にしながらヒューマを恨めしそうに睨んでいた。
なんだかんだウブなんだよな。
「甘えるか?別に俺はいいぞ」
「あ、甘えないわよ!もうそんな年じゃないんだから!」
「そうか、じゃあこれくらいにしておくか」
俺は3人を抱きしめる。
俺の腕は3人を包み込めるほど長くはないけどぎゅっと抱きしめると3人のぬくもりが伝わってきた。
「ふふっ、このままマーガレットさんだけ甘やかしてたら妬いちゃうところでした」
「ジェラルトはなんだかんだ女の子たらしだもんね。でも次は二人きりのときにもしてほしいな」
「あ、あの……ジェラルト……これはその……」
三者三様、みんな違う反応をする。
だけど俺達は近い未来家族になる。
家族は絶対に守る、それがドレイク家だ。
家族へのくっころは……諦めるしかないな。
それが誰よりも魅力的な彼女たちに対する俺の最大限の誠意というものだ。
「幸せになろうな。いや……俺が幸せにする」
「それを言うなら私達も、ですよ」
「みんなでみんなを幸せにするのが一番だよ」
「そうね。私も精一杯みんなのために頑張るわ」
1人1人決意を言いみんなで笑い合う。
多分この先何があっても大丈夫だろう。
皆がいればきっとなんでも乗り越えられる。
それこそ俺達がくっころされそうな事態だってなんとかなるさ。
そうやって助け合って生きていくのが家族というものなのだから──
◇◆◇
昔、アルバー王国というところにジェラルト=ドレイクという男がいた。
『神将』イアン=ドレイクを父に持つ彼は父イアンが発展させたドレイク家の基盤をより盤石なものとし、優秀な平民を積極的に登用する改革を成し遂げアルバー王国を大陸屈指の強国にまで作り変えた稀代の名君と呼ばれるヴィクター=アルバーの懐刀として圧倒的な働きを見せた。
戦では誰よりも戦功を挙げ、敵を容赦なく殲滅する戦人であったが普段は民を愛し、故郷を愛す穏やかな性格の持ち主だったという。
そして何よりも愛妻家と子煩悩として有名であり彼の子たちもまた優秀でアルバー王国には彼らの存在がなくてはならないものとなっていた。
そして彼が74歳のとき、たくさんの家族に看取られながら静かに眠るように息を引き取ったと今日まで伝えられている──
fin
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