第5話 赤き華、小さな痛みと温かさを感じる(マーガレット視点)

「お兄様!あの店に入りましょう!」


「……お、おぉ……」


アリスが楽しそうに笑いジェラルトの手を引いて歩き出す。

そんな二人に笑顔でついていくシンシア王女殿下と少し離れたところで微笑ましげに見ているカレンさん。

先程までの喧騒は完全に消え去り平和な1幕がそこにはあった。


「シア義姉さま!こんなのはどうですか?」


「すごく可愛いですね……」


「アルバーでは絶対に手に入らないものですよね」


アリスが一つの服を手に取りシンシア王女に見せる。

その仲睦まじい様子はまるで本当の姉妹のようで見ていて微笑ましい。

店には他の客もいるが二人共絶世の美少女といっていい容姿をしているのでたくさんの注目を浴びていた。

さっきのようなことが二度と無いように用心しないと……


「シア義姉さまが身につけているものって実用性のあるものが多いのでこういうの興味ないのかと思ってました」


「それが実は……最近そういうのが気になるようになったんです」


「ですって!お兄様!」


「ああ……そうなのか………」


ジェラルトは相変わらずこんな調子。

全く……シンシア王女がそういうのを気にするようになったのだってアンタに可愛く思われたいからに決まってるでしょうに……

どうしてこの子は昔から要領も良くていろんな才能があって容姿も優れているのにこんなにも女心のわからない子に育ってしまったのか……

幼少時代に剣だけじゃなくて乙女心も教えておくべきだったかしら。


「相変わらずですね、ご主人様は」


「あら、カレンさん」


さっきまで少し離れたところにいたカレンさんが近づいてくる。

今まで面識は無かったがシンシア王女の侍女だったことは知っていた。

それでジェラルトの暗殺を狙った犯人がこの人だったことは本当に驚いたけど事情は後にジェラルトから聞いている。

最初は憤慨していたけどジェラルトがいいならいいか、と思ってしまう自分がいた。


「ジェラルトは少々鈍すぎるんですよね。アリスも呆れてますよ」


「ふふ、私には敬語は使わなくて結構ですよ。それに、私は案外気づいていてああいう態度を取ってるのかなとも思っちゃいますけどね」


「ではお言葉に甘えさせてもらうわ」


「ええ、そうしてください」


ふと視線をそちらにやるとジェラルトは魂の抜けきったような顔でアリスやシンシア王女の質問に答えている。

わざとやっているのかは判別がつかなかった。


「いずれにせよ、シンシア王女は苦労するでしょうね」


「そうね。でもあいつは婚約者を蔑ろにしたりしないはずよ。家柄も実力も申し分ないしそういう意味では優良物件って言えるんじゃないかしら?」


「ふふ、それはマーガレット様の感想ですか?」


「うっ……ち、違うわよ。ただ客観的に見たらそうなのかなぁと思っただけで……もう!」


「うふふ、そういうことにしておきましょう」


カレンさんは上品に笑う。

私より少し年下のはずだが何故か大人の余裕のようなものを感じて口をつぐんでしまう。

本当に違うのに……


「と、とにかく違うから。私とジェラルトはあくまで師弟関係。それ以上もそれ以下も無いわ。……まぁあいつの才能や努力はすごいからいつまで師匠でいられるかもわからないけど」


ジェラルトは私の人生で見てきた中で誰よりも才能に愛されていると思う。

今までは剣や魔力に触れてきた時間とか性別的に女のほうが男よりも成長が早いから勝っていただけでこれから成長期を迎えるあいつはどんどん強くなるはずだ。

それこそ私がどれだけ頑張ろうが追いつけないほどに早く、強く。

それは師匠としてとても嬉しいことではあるけどやはりどこか寂しいものだ。


「そうですかね?」


「そうよ。今戦ってもジェラルトに勝てるかどうかは五分五分ね」


「いえ、ご主人様はマーガレット様のことを心から尊敬していると思いますよ。それこそ強さなんて関係ないです」


「弟子からすれば既に超えた師匠なんてどうでもよくないかしら?」


「そんなことないですよ。強さだけが師弟の絆を結ぶものじゃないはずです」


「そうかしらね……」


カレンさんの言葉に曖昧に頷く。

私の師匠である剣聖アルベルトは過去に失踪してから未だ行方はわからない。

師匠と比べて私の実力はどうだ、と考えることは日に日に減っていき今では考えることもない。

あまり実感が湧かなかった。


「あ、アリス……シンシア王女……少し休憩を……」


「まだまだこれからですよ、お兄様!」


「その通りですよ、ジェラルトさん。まだこの服とこの服の感想を聞いていないです」


「か、勘弁してくれ……」


ジェラルトは本気で無理だと首を横に振る。

普段はあんなにも頼もしいのにいつもと違う姿に思わずクスッと笑ってしまう。

仕方ない、助け舟を出してあげようかしら。


「アリス、シンシア王女。あちらに珍しい民族衣装が置いてありましたよ」


「本当ですか?メグ姉!ちょっと見てきます!シア義姉さま、行きましょう!」


「あ、ちょっと待ってください!」


アリスがシンシア王女の手を引いて店の奥へと消えていく。

相変わらずあの子は元気ね。


「マーガレット様、私はシンシア王女とアリス様を追いかけてきます。ご主人様は任せました」


「え?ええ……わかったわ」


カレンさんが綺麗な所作でお辞儀をして二人を追いかける。

そしてこの場には私とぐったりとしたジェラルトだけが残った。


「全くもう……大丈夫?」


「あ、ああ……なんとか……女性の買い物は恐ろしいな……戦場に立ったほうがいくらかマシかもしれん……」


「そんなこと言うとシンシア王女がまた心配するわよ?」


「それくらい過酷ということだよ……」


こうやってジェラルトとゆっくり話をするのも久しぶりかもしれない。

近頃は色んな騒動があって忙しい日々が続いていたものね……


「師匠はこうやって買い物したりするのか?」


「騎士団が休みの日はたまに買い物したりするわね。服とか買うのは好きよ」


「見たい気持ちはあるが正直もう見たくないな。今日で一生分の服を見せられたからな」


「あら、連れて行くなんて誰も言っていないけれど?」


でもジェラルトが付いてきてくれるなら楽しそうだなと思う。

多分あまり興味ないんだろうけどたまに気に入った服とかがあったら少しだけ反応してくれるとか。

うん、結構いいかも。


「はぁ……適当にブラブラ歩くか。師匠、付いてきてくれ」


「はいはい」


ジェラルトは店内を目的もなく歩き出す。

外に出て休憩するのかと思ったけどジェラルトはある場所で足を止める。

ここは……小物コーナー?


「これシンシア王女に似合うと思わないか?」


そう言ってジェラルトが指を指したのは綺麗でセンスの良い細工のネックレス。

お値段はかなり高いが私の目からもかなり良いもののように見えた。

しかしチクッと心の奥底に僅かな痛みを感じた。


「いいんじゃない?綺麗だと思うわ」


「思えばシンシア王女に何かプレゼントをしたことがないからな……ちょうどいいしこれを買うか」


「呆れた……アンタ婚約決まってから結構時間経ってるのにプレゼントもしたことないの?シンシア王女に逃げられても知らないわよ」


「い、忙しくて忘れてたんだよ……まあこれを買うとしよう。お、これはアリスに似合いそうだしこれも追加で買うか」


そう言ってジェラルトは上機嫌で店員を呼ぶ。

さっきよりも痛みがはっきりとしたような気がした。

……?

何かの病気じゃないといいけれど……


「すまない、師匠。会計をしてくるから少しここで待っていてくれ」


「ええ、いってらっしゃい」


ジェラルトは店員と共に歩き去る。

この場に私一人になって大きなため息をつく。


(はぁ……私どうしちゃったのかしら……)


将来の主人であるジェラルトとシンシア王女の仲が良いのは良いことのはず。

なのになんだかそれを嫌だと思ってしまう自分がいた。

プレゼントなんて……私にもしてくれたことないのに……

って婚約者にプレゼントを贈っても私はただの師匠だしそれも当然か。


「戻ったぞ、師匠」


「あら、おかえり。早かったのね」


「まあな。今は包装してもらっているところでこれだけ先に受け取ってきたんだ」


「……?これは?」


ジェラルトから渡されたのは小さな袋。

とても軽くて中に何が入ってるかはわからなかった。


「開けてみてくれ」


「ええ。………え、これって……」


中に入っていたのは綺麗な赤いマーガレットの花の刺繍が入った白いシュシュだった。

材料の質感も良いし良い物だってひと目でわかる。


「師匠に似合うと思ってな。その……俺もあまりセンスがいいとは言えないかもしれないから気に入らなかったら捨ててくれ」


「そんなことないわ……嬉しい……」


それは心から出た言葉だった。

今まで婚約の誘いと共に贈り物が届いたことは何度もあった。

このシュシュよりも高価なものはたくさんあったけれどそのどんな品物よりもこれが一番輝いて見えた。


「付けてもいいかしら?」


「ああ、それはもう師匠に贈ったものだからな」


今つけているシュシュを外して丁寧に貰ったシュシュを付ける。

髪型は変わらないはずなのになんだか自分が変わったかのような錯覚に陥る。


「どう……かしら」


「ああ、思った通り師匠の綺麗な赤髪によく似合っている。綺麗だと思うぞ」


「そ、そう……ありがと」


さっきまでの小さな痛みはもう無い。

心の奥がぽかぽかと温かかった──

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