第17話 くっころガチ勢、姫騎士と戦う

俺が前に出るとシンシア王女も同じように前に出てくる。

そして俺達は並んでエリック先生の前に立った。


「これはあくまで軽い模擬戦だが手抜きをしろというわけではない。成績優秀者として皆の模範となるように力を示せ」


「わかりました」


「はい、アルバー王国の王女として恥じぬ戦いができるよう力を尽くします」


先生から訓練用の木剣が手渡される。

入試のときに使ったものと全く同じで長さや重さを何種類かから選べるようになっているが先生は長さを把握しているらしい。

重さも長さもちょうどよかった。

俺達は訓練場の中心に立ち、他のクラスメイトは観客席のような一段高いところに座っている。

審判は先生だ。


「私はまだあなたが首席だというのが信じられません。なので……この一戦で証明してみせます。正義なき剣に力なんて無いと」


「そうですか。では私も証明しますよ。強さに必要なものは正義ではないと、否をつきつけましょう」


どう!?この言葉!?

めっちゃ悪役っぽい!

正義に否を突きつけるなんて悪役しか使わないよな。

俺のくっころ道はシンシア王女で終わりじゃない。

しっかりと悪役としてキャラを確立しないと。


「話は終わりましたか?シンシア王女」


「はい。ありがとうございます。これからは交わすべきは言葉ではなく剣ですのでいつ始めても構いません」


「私もいつ始めても構いませんよ」


お互い剣を構える。

常に優しい笑みを浮かべるシンシア王女から笑顔は完全に消え、一人の戦士としてここに立っていた。

こちらから見ても相当集中しているのがわかるしキッと睨む目はとても凛々しく美しい。


「ジェラルト!頑張れよ〜!」


「はっはっは!お前の実力、この目でしっかり見させてもらうぞ!シンシアも力を尽くせ!」


ローレンスとヴィクター王子の声が聞こえてくる。

2人とも随分楽しそうだ。

というかヴィクター王子が直接言葉にしていないとはいえ俺に声援を送るのはどうなんだろうか?

まあ俺からしても娯楽みたいなもんだしなんでもいいか。


「それでは……始め!」


その瞬間、シンシア王女は一瞬で距離を詰めてくる。

女性とは思えない想像以上の瞬発力に驚いたものの焦りは全く無い。

魔装を使ったマーガレットは死ぬほど速かったからな。

これくらいは序の口だ。


「賄賂で買収した……というわけではなさそうですね」


「当たり前でしょう?こんな善人顔の私がそんな真似をするわけないじゃないですか」


「っ!白々しい……!その善人顔とやらが本当ならばあの噂はなんだって話ですよ」


シンシア王女は苦々しい顔をしながらバックステップで再び距離を取る。

俺の顔が気に入らなかったんだろうか?

結構イケメンだし顔だけなら善人に見えなくもないと思うんだけどなぁ……

まあ顔が気に入らんならそれはそれで好都合だし別に構わないけど。


「かかってこないんですか?今なら首席に勝てるチャンスですよ?」


「言われずともそうしますよ。人を馬鹿にするのもいい加減にしてください」


「それは失礼しました」


再び接近からの剣の攻防が始まる。

入試のときはチラリと見ただけだったが目の前の王女様はかなりの使い手だ。

王女だからと身分で評価を貰ったわけじゃない実力を感じる。

まだ紅月流の免許皆伝になったばかりの8歳くらいの俺だったら魔装を使っても押されたかもしれない。


「シンシア王女」


「なんっ……!ですか……!戦いの……!途中ですよ……!」


「かなりの腕ですが師匠はどなたですか?」


「あなたにそれを……!答える義理は……ありません……!」


より一層シンシア王女の攻勢が激しくなる。

美しいシルクのようなサラサラとして金髪を揺らして戦うその姿はまさに物語に出てくるような姫騎士そのもの。

今この瞬間、この世で一番の特等席で彼女の勇姿を見られていることに体が歓喜する。


「なるほど。教えてくださらないのならそこまで興味は無いので別にいいです」


「そんな舐めたことばかりしていると……!痛い目を見ますよ!」


「っ!?」


剣で押し合いをしていると突如強烈な蹴りが飛んでくる。

不安定な体勢から放たれたにも関わらずその蹴りは鋭く咄嗟に左腕を出して受け止めた。

衝撃と共に鈍い痛みが走るがみぞおち急所にくらうよりはマシだ。

男性の体では難しい女性ならではの柔らかい体を活かした想定外の一撃。

流石としか言いようが無かった。


「くっ……これも防ぎますか……」


「少々はしたないですよ、シンシア王女。足グセが悪いとお兄様に怒られてしまうのでは?」


「うるさいです……!黙ってください……!」


どうやら図星らしく少し顔を背けた。

お兄様意外と怖いのかな?


「あっはっは!どうしたジェラルト!余はお前の力を見るのを楽しみにしているのだからさっさとやる気を出せ!はっはっは!」


「らしくないぞジェラルト〜!完全に不意を突かれてたな〜!」


どこぞの第一王子と伯爵令息のヤジが飛んでくる。

あの2人と遊んでいてもしょうがないので無視してシンシア王女と向き合った。

シンシア王女の表情に出て感情がわかりやすい一面は女性として魅力的だと思うし、くっころを見たいという俺の願望を満たすためには適任だったりするのだが1王族としてそれはどうなんだろうか?と少し心配になってしまう。

少し揺さぶってみるか。


「シンシア王女、ピンクの小さな可愛らしいお花畑をご存知ですか?」


「はい?いきなり何を言い出すんですか?」


「いえいえ、ただの世間話ですよ。そのお花畑はピンクだけじゃなくて少しだけ白のワンポイントがあるんです」


シンシア王女は怪訝そうに首をかしげる。

まあいきなり何を言い出すんだって話だもんな。

俺も対戦相手がいきなりこんなことを言いだしたら正気を疑うし。


「一面に広がるピンクの中少しだけ、でも確かに白く輝くのがとても素晴らしいんです」


「あなた大丈夫ですか?まさか口説いてるおつもりでも?」


「そんな恐れ多いことはできませんとも。ただ……可愛いクマさんがいたものでつい」


それを言った瞬間、シンシア王女の顔が真っ赤になった。

俺が何を言っていたのか理解したのだろう。

耳まで真っ赤になって俺を睨みつけてくる。


「あなた……最低です……!」


「………流石にそれは言っていることが無茶苦茶では?あれは不可抗力ですよ」


クラスメイトの大半は何を言っているのか理解できずざわつく。

だが俺が何を言ったのか完全に理解したヴィクター王子が腹を抱えて大笑いしていた。


「く……くく……確かに不可抗力だな、あれは。あっはっは!諦めよ!シンシア!今のはジェラルトに非は無い!」


口にした俺が言える立場じゃないけどあんた人の心無いんか。

お兄ちゃんならフォローしてやれよ!

俺のフォローしてどうすんだよ!


「本当に最低……!兄様も後で覚悟しておいてください……!」


そう言うとヴィクター王子は笑いを止め正座する。

そしてめっちゃいい姿勢で真顔になった。

妹のほうがパワーバランス上なんかい。

まあシンシア王女のほうが強いしな。


「私は不可抗力なので許してほしいのですが……」


「絶対に許しません」


シンシア王女は今は制服だ。

つまりスカートなのである。

蹴りの瞬間、俺は第六感で思考する間も無く目に魔装を使い動体視力を強化した。

すると見えたのだ。

ピンクの布に白い可愛らしい小さなリボンが付いている花畑が。

そして漫画とかによく出てくる布のど真ん中ではなく左端に小さく丁寧に刺繍されたクマさんが。

昔一度似たような経験をしたおかげで、否、せいでつい魔装を使ってしまったのだ。

これは不可抗力だな、うん。


「あなたは絶対に許しません。次の一撃で決着をつけます」


シンシア王女は剣を構える。

その目には理性と怒りが同時に宿っていた。

だが俺には決着をつける前にどうしても一つだけシンシア王女に聞きたいことがあった。


「シンシア王女。一つだけよろしいでしょうか?」


「……質問にもよります」


「それで構いません」


これは無限くっころ計画には関係のないただの興味本位の質問だ。



でも……どうしても聞いておきたかった。


「あなたにとって……正義とはなんですか?」

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