第15話 赤き華、窮地に舞い降りる(マーガレット視点)

(まさかこんなことになるなんて……)


目の前にいる暗殺者2人と対峙しながら内心冷や汗を流す。

あと一瞬遅れればシンシア王女もヴィクター王子も危なかった。

2人が殺されてしまったらこの国がどうなるか考えたくもない大惨事が訪れるだろう。


「くっ……増援か……!まさかこんなにも早く突破してくるとは……」


「カートライトの赤き華の名は伊達ではないということか……」


今私の足元に一人、そして少し離れたところにもう2人暗殺者たちが倒れている。

暗殺者たちは咄嗟に護衛たちの邪魔が入らないように2人も妨害役を用意していた。

護衛がそちらに足止めされていたので私の到着と共にすぐに切り捨てこちらを守りに来たのだが本当にギリギリだった。


本当は生かして捕らえたほうが後々犯人を突き止めるうえで良かったのだがそんなことをしている余裕なんてなかった。


「マーガレットさん……」


「シンシア王女殿下、ヴィクター王子の傍から離れないでください」


「でもカレンが……!」


「彼女は必ず助けます。ですが貴方様に何かがあれば必死に戦った彼女の頑張りが無に帰してしまうことになります」


「……!わかりました」


さっきまで泣きそうな顔をしていたシンシア王女だったが覚悟を決めた顔へと変わる。

ひとまずそのことに安心しめの前の男たちに集中する。

かなりの手練、だが2人ならば問題ない。


「絶対に許さない……!こんな事態を引き起こした時点で王国騎士団の責任……ジェラルトと殿下たちに申し訳が立たない!私の剣にかけてアンタたちは絶対に捕まえる!」


「……っ!やるぞ!」


「おう!」


護衛の兵士たちには手を出さず、カレンの救助と殿下たちを守るように言ってある。

今この場は私以外には入らない。


「本気で行くわ」


ジェラルトと比べれば魔力量が少ない私はほとんど使うことがない全力の魔装。

剣を納刀し体勢を低くする。


目の前に迫るは暗殺者たちの拳。

魔力を纏い殺傷力が上がったそれはおそらく食らえば体を内部から破壊される殺人拳だ。

一撃も食らわず勝負を決める……!


「紅月流、居合ノ術……」


感じる。

暗殺者たちの動きが、考えが。

いける!


傾月けいげつ『円天』!」


全力の魔装だが出力を調整しふわりと飛び上がる。

そして再び出力を全開にし下へと振り抜いた剣は暗殺者の左手ともう一人の暗殺者の右腕を斬り飛ばした。


「捕縛しなさい!」


痛みで一瞬動きが止まった暗殺者たちに兵士たちが飛び掛かる。

いくら手練といえど片腕を失いこれだけの人数差で抑え込まれれば逃げることはできない。

やがて縄と魔道具によって厳重に拘束された。


「カレン!」


シンシア王女がすぐにカレンの下に駆け寄る。

私と王子も運ばれていくカレンに近づくとすぐに治療に取り掛かるので今はなんとも言えないと言われてしまう。

私の本分はあくまで戦いであり治療は専門外。

できることは何も無いのでしっかりと王族のお二人に護衛をつけ襲ってきた暗殺者たちに近づく。


「本当によくもやってくれたわね」


「しくじった……か……」


「理由を話しなさい」


「言えない。俺達にも自分の命を捨ててでも守りたいものがあるんだ」


意思は固い……か。

少なくとも今手軽に聞き出せるような状態ではない。

後でしっかりと突き止めなくてはならない。


「だが……せめて一つだけ言わせてくれ。この命が下されたのは我らだけではない。狙いは……他にもある」


(狙い?他に狙えるものなんて……)


たまたま国王陛下は今朝早くに領地視察のために王城を出ているし王妃様は王室派の有力貴族の主催する茶会に出席されている。

他にほどの有力者がこの王城にいるなんて──


(っ!?まさか!?)


そこまで考えて一つ思い当たってしまう。

王室派最強の貴族の子にしてわずか10歳のご令嬢。

普段はいないがたまたま今は王城に滞在している1人の女の子の姿が思い浮かんだ。


「あんなに幼い子まで狙うなんて……!」


とにかく文句を言っている場合ではない。

私はアリスが滞在する部屋に向かって走り出した──


◇◆◇


広い王城といえど全力の魔装を持ってすればどれほど遠かろうと1分かからない。

本当は王城内で走るなど良くないが今は緊急事態故に目をつぶってもらわなければならない。


「はぁはぁ……ここがアリスの部屋……!」


王城の警備を配置できるほど私は立場が高くないが警備に参加する騎士として最低限の情報は頭に入れていた。

アリスが女子会が終わった後にこの部屋に泊まっているのも知っている。


「アリス!」


強く扉を開け放って中に突入する。

するとそこには驚きの光景があった。


「あら、メグ姉。会えて嬉しいわ」


そこにいたのはドレイク家の諜報隊と思わしき人たちと王城の警備の兵士。

そして中心に堂々といたのは暗殺者3人の山の上に座るアリスだった。

あまりの衝撃的な光景に言葉を失う。


「あ、アリス……その男たちは?」


「ああ、こいつらのこと?いきなり襲いかかってきたのよ。婚約者もいない未婚の令嬢の部屋に無断で踏み込んでくるマナーの悪いがいたものだから躾けたの」


そう言ってアリスは男の腹をグリグリと踏む。

男たちは完全に気絶しており動く様子がなかった。


「えっと……護衛はいなかったの?」


「私が躾けたかったから手出しさせなかったの。このくらいなら私でも倒せるしね」


あまりの発言が信じられなかった。

ゴーラブル王国でその底知れぬ才能の一端を見せられたがまさかこれほどだったとは。

体勢が悪かったとはいえカレンですらダメージを負ったのにまだ10歳のこの子がいとも簡単にこいつらを……?


「ドレイク家に正面切って襲ってくるなんて大した度胸ね。お墓が無いと可愛そうだし後で骨でも残ってたらいいけど」


ドレイク家は敵認定した相手を絶対に許さない。

このアリスの発言もあながち間違いじゃない。

王族だけでも極刑だというのにドレイク家も同時に敵に回そうとする黒幕の気がしれなかった。


「そいつらはシンシア王女とヴィクター王子も狙ったのよ。カレンも怪我を……王国騎士団私達も全力をもって犯人を見つけ出すわ」


「シア義姉様とカレンさんも……?これはもう骨も残す理由も無いかも?」


アリスの目に怒りが宿る。

見た目は10歳の幼女なのにそれだけでまるで決して生物として敵わない獣と対峙しているような威圧感を感じる。

後ろの兵たちも気圧されていた。


「ねえ貴方達。メグ姉以外で一番立場が高いのは誰かしら?」


「わ、私です。王国騎士団の大隊長を務めています」


「ふーん……」


アリスは見定めるような目で声を上げた騎士を見つめる。

何をしようというの?


「取り敢えずこの駄犬たちはドレイク家がもらっていくわね。上層部にはあなたが責任をもって伝えておきなさい」


「なっ!?それは困ります!私達王国騎士団が黒幕を突き止めるうえで重要な……」


「ねえ、あなたわかってる?」


騎士の言葉をアリスが遮る。

アリスはさっきまで座っていた男の山から腰を上げ立ち上がると騎士に近づいていく。


「もし殿下たちか私に何かあったら確実にあなたたちの何人かは首が飛んでいたよ?物理的にね」


「……!」


「この犬たちが身の程知らずにも私を殺そうとしたときあなたたちは何かしてくれたの?私は1人でこいつらを撃退したし周りにいたのは私の家の配下だけだったような気がするのだけれど」


「……っ!そ、それは……」


「それに私はあなたに質問をしたわけじゃない。持って帰るとと言ったの。あなたの意見は聞いていない。私に口出しをするなんて100年早いのよ」


「………わかりました」


騎士の言葉に満足したのかアリスはニッコリと笑う。

それはもう天真爛漫な


「さて、メグ姉。カレンさんのところに行こう。案内してくれる?」


「……ええ。それくらいお安い御用よ」


目の前にいるのはただの女の子ではなく紛れもなくドレイク家の血を引く天才だ。

いや、天才という言葉で片付けるのもおかしい気がするほどに凄まじい。

それがただのドレイク家の一端でしか無く未だ誰もその本気を見たことがないドレイク家が本格的に動き出すであろう事態に私はついていけるのだろうか。


だが何よりも……


(誰も死ななかった……カレンもきっと元気になってくれる。本当にみんなが無事で良かった……)


この窮地に誰も失わなかったことに安堵の息を漏らすのだった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る