第22話 赤き華、督戦する(マーガレット視点)
「一体何が起こってるのよ!」
目の前には黒く高い壁。
そして大量の魔物や、敵と思わしき人たちがいきなりコロシアムの内部から現れた。
奴らが結界を自由に出入りしているのを見るに計画的に練られた犯行であることは間違いない。
「あの中にはジェラルトたちもいるのに……!」
結界の中にはジェラルトを始めとしたアルバー王国組、1−Sクラスの生徒たちが全員閉じ込められている。
(考えたくもないけどジェラルト、シンシア王女、ヴィクター王子の3人にもし何かあればアルバー王国が大変なことになってしまう……!暗殺の危険から逃れるためにゴーラブルに来たのにまさかこんなことになるなんて……!)
他にもイーデン家の嫡男ローレンスを始めとした未来のアルバー王国を担う大切な子どもたちがたくさんいる。
こんなところで失うのはどうしても避けたいことだった。
「結界の解除はまだなの!?」
コロシアムの警護責任者に詰め寄るがその男は青い顔で首を横に振る。
「も、もうしわけありません!とても複雑な結界が用いられており解除にはまだ時間が……!」
「……っ!」
何をやっているのかと文句を言いたいところだがそんなことをしている暇はない。
恐らく今までの人生で一番の危機だ。
すぐそこに脅威が迫っているにも関わらず助けに入ることすらできない。
それどころか中の様子がどうなっているかすらわからない状況だった。
「落ち着いて、メグ姉。落ち着かなければ些細なことで取り返しのつかないことになってしまうわ」
隣にいたアリスに袖をそっと引かれ私は我に返った。
実戦経験もありすでに従軍している私よりも10歳も年下の
その現状に恥じ、すっと心が冷静になっていく。
「そうね。ごめんなさい。取り乱したわ」
「ううん、大丈夫よ。メグ姉」
「どうしてアリスはそんなに落ち着いていられるの?」
私がそう聞くとアリスはこの混乱に似つかわしくない、まるで茶会にでも来ているような可愛らしい笑顔でこう答える。
「私のお兄様だもの。簡単に死ぬはずないでしょ?きっとお兄様なら他の皆様も守って何事もなかったように笑ってるのよ」
「ふふ、そうね。そうかもしれないわ」
思い浮かべるのは才能に愛された私の愛弟子。
彼はフローラさんに負けていたけど多分何か理由があったからで直接本気でやりあえば彼が負ける姿を想像できない。
ならば焦る必要はない。
彼を信じ、私はすべきことをする。
今できる最善を──
「私の指揮下に全ての戦力を集めなさい。ここからは私が指揮を取り、結界内の生徒たちの救出作戦を開始するわ」
「は……?で、ですが貴女方は貴族といえどアルバー王国の人間でここの警備隊を指揮する権利は……!」
「ごちゃごちゃと喚いて、あなたうるさいわね」
やはりダメかと私が思った瞬間、心すら凍りつくような鋭く冷たい声がその場に響く。
ゾッとして思わずそちらの方に視線をやると目は全く笑っていない笑顔で目の前の男を威圧していた。
「そもそもこんな失態を犯した時点であなたはクビよ。邪魔だから私とメグ姉の前から消えてくれる?」
「あ、ぁ……」
「早く私の命令に従いなさい」
「わ、わかりました……」
(流石はジェラルトの妹ね。まさか10才でここまで人の上に立つ器があるなんて……!本当にあの家はどうなっているのかしら……)
アリスは不機嫌そうに男を一瞥するとすぐにこちらに向き直る。
私は膝をつき、頭を下げた。
「聞きましたね?マーガレット=カートライト」
「はっ!」
今そこにあるのは主従関係のみ。
主家たるドレイク家の長女アリス=ドレイクの命に従うのは私にとって当然のことだった。
「アリス=ドレイクとして貴女に命じます。この場の全戦力を貴女の指揮下に置き必ずや結界の中の者たちを助け出しなさい」
「必ずや」
剣を地面に立て誓いを立てる。
騎士の作法を素早く終えた私は魔装を声帯にかけて全体に届くように叫ぶ。
『皆のもの!聞きなさい!今これより貴方達は私アリス=ドレイク様の命を受けしマーガレット=カートライトが指揮する!速やかに非戦闘員をコロシアムの外へ避難させ手が空き次第コロシアムの結界の下へ集合しなさい!』
今、隊長格を呼び寄せ一人ひとりに指示を出している暇はない。
ある程度現場判断に任せ集まってきた者から完全に私の指揮下に置く。
「アリス、貴女も早く避難を」
「ダメよ、メグ姉。ここで私がいなくなったらメグ姉を侮る者が出てくるかもしれない。私も行く」
「……っ」
言われた通り私にはまだ顔も知らぬものを従えられるほど貫禄やカリスマ性は無い。
危険ではあるがアリスに来てもらうしか手はなかった。
「わかった。ただそのかわり私の傍から絶対に離れないで」
「うん。わかってるよメグ姉」
「それじゃあ行きましょう」
私はアリスを抱え魔装をかけて全力で飛ぶ。
コロシアムの結界の傍に降り立ち魔物を斬り伏せた。
「貴女がマーガレット殿か!」
「ええ!」
「指示をくだされ!我々はあなたに従う!」
「ならばまずはここらの魔物を殲滅します!戦い方の指示は任せます!」
「承知した!」
理由も詳しく聞かずすぐに協力体制を取ってくれるのは助かる。
私はゴーラブルの基本戦術を知らないため戦い方は任せるしか無いが加勢に来た隊長格を適度にいろんな場所に振り分けていく。
もし文句を言う者が出てきたらすぐにアリスが脅しや威圧を交え説得してくれた。
「これ以上結界の中に魔物を入れさせてはダメよ!奴らは結界を自由に出入りできる!後ろから虚を突かれないよう結界から適度に距離を取り魔物を殲滅しなさい!」
「「「「応!!!」」」」
「ゴーラブルとアルバーの両国の未来を担う大切な子どもたちを守るために!ここが正念場よ!死力を尽くし戦い抜きなさい!解除班が結界を解除し次第突入するわよ!」
私の声に呼応し様々な場所で勇ましい声が上がる。
ゴーラブルの貴族たちに散々嫌な思いをさせられてきたがこのときばかりは想いは一つだった。
「マーガレット殿!解除班の解析が終わったとのこと!いつでも解除できるそうです!」
「わかったわ!すぐに解除してと伝えて!皆のもの!数を半分に分けて突入準備!半数はこのまま防衛を続け残りの半数は私に続き生徒たちの救出よ!」
その瞬間、目の前に立ちはだかり続けた黒い壁が音を立てて崩れていく。
いざ救出と言わんばかりに突入すると私達は思わぬ光景に目を見張った。
「魔物たちが……全て倒されてる……」
聞こえてきたのは生徒たちの勝鬨と生き残った安堵の叫び。
そこら中に魔物の死体があってどれほど激戦だったのかがうかがえる。
「た、助けてください!あちらに怪我人が……!」
「……!すぐに行くわ!みなも重症者の応急処置と医者を連れてきなさい!」
私は泣きそうな目で助けを求めてきた女子生徒についていくと一人の生徒が剣を地面に指し疑似戦場で置きっぱなしになっていた障害物に背を預けている。
その姿に私は見覚えがあった。
「貴女は……エセル殿!」
「あ、あはは……マーガレット様……」
「貴女怪我は……!?」
「大丈夫、ですよ。軽くしくじってしまっただけです」
マーガレットは急いでエセルの体を確認するが腕から噛まれたような出血と足の骨折以外に怪我は見受けられない。
命に別状はなかった。
「よかった……すぐに医者が来るからここで待ってて」
「あ、あの……フローラ様は……!」
「まだ見てないわ。でもきっと無事よ」
「……そうですよね」
「ええ。貴女はここで安静にしていて」
「はい、わかりました」
私はエセルを置いて走り出す。
シンシア王女やヴィクター王子、それにローレンス殿が無事だったのはジェラルトたちを探す中で確認できた。
しかし肝心のジェラルトたちが見つからない。
「ジェラルトっ!どこに行ったのよっ!」
「師匠。俺ならここにいるが?」
「ひゃあっ!?」
あまりに見つからなくてまさかという思いを拭うために叫んだらいきなり真後ろから声が聞こえてきた。
思わず変な声が漏れてしまって顔が一気に熱くなる。
「あ、アンタねぇ……!」
「今のは俺は何も悪くないだろう?」
ジェラルトは呆れたように言うがそういう問題ではなかった。
恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「そういえばフローラさんは!?」
ジェラルトの背にはフローラがいた。
状況はどうなのかよく見えない。
「大丈夫だ。ただ気を失っているだけだ」
「そう……よかった……」
今まで張り詰めてきたものがぷつんと切れ体から力が抜ける。
そんな私をジェラルトは人ひとり抱えているのにしっかりと支えてくれた。
「ご、ごめん」
「いやいいさ。その様子だと俺達のために頑張ってくれたのだろう?」
ジェラルトに一言労われただけで体が軽くなる。
心がぽかぽかと暖かくなる。
ああ……本当に無事でよかった……
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☆10000を突破しました!
なんか夢見てるみたいですね……
本当にありがとうございます!
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