第21話 白百合の聖女、真の実力を知る(フローラ視点)

「戦える皆さんは応戦を!そして戦えない方々を守ってください!」


突如現れた黒い結界。

おそらく四方に魔道具を置き魔力を繋いで作り上げる設置型結界だ。

一つの魔道具から作り上げられる結界と違い即効性は無いが大きさと強力さは比べるまでもない。


しばらくの混乱の後、何十人かの人間とたくさんの魔物たちが結界を越えて中に入ってきた。

みんなは大混乱に陥り必死に応戦している。

先程までの興奮冷めやらぬ祭典が命を賭けた地獄の抵抗戦へと一瞬で変貌してしまっていた。


「聖女フローラ、だな?クヘヘ、情報通りの上玉だ」


「………!?どちら様ですか?」


禿げ上がった頭には無数の傷。

明らかに尋常ではないその男は今まで出会った中で一番を強く放っている。

明らかに人殺しに慣れた男だ。


「『レジメント』のリーダー。そういえば伝わるか?」


「……!?」


国際テロ組織『レジメント』。

淘汰された亡国の騎士や兵士たちで構成されたレジメントは現体制に不満を持ち、容赦なく色んな国を攻撃している。

そのリーダー、ダンカンは圧倒的に強く残虐なことで有名だった。


「狙いは私の命、ですか」


「わかってるなら話が早い。こちらからすれば『聖女』と謳われ民からの期待も厚い未来あるお前を早いうちにぶっ殺しておきたいというわけよ」


(■■■……)


私は腰にさげていた真剣、『白百合ホワイトリリィ』を抜く。

その美しく白く輝く刃は研ぎ澄まされ堅き物も容易く切り裂く鋭さを持っていた。

フローラに期待したゴーラブル国王が下賜したまさしく名剣である。


「こいよ、嬢ちゃん。世間の厳しさってものを教えてやるぜ?」


聖鎧せいがい癒戦ゆせん


癒やしの魔力が体中を巡る。

一気に体が軽くなり力が漲った。


「行きます」


地を蹴ると地面がえぐれ超人的な加速で接近する。

ここまで全力で聖鎧癒戦を使ったことがなかったけれど体はなんとかついてこれている。


「ははっ!こいつはおもしれぇ!ただのメスガキ一匹始末するだけかと思えばここまで強えとはな!」


そう言ってダンカンは笑いながら難なく私の剣を防ぐ。

噂通りかそれ以上の実力に思わず表情が歪む。


(■■■……■■■■■■……)


雑音の混じった自分の心の声がしてくる。

しかし今は一瞬の予断も許されぬ命がけの戦い。

心の声に蓋をして私は剣を握る。


「どうしたどうした?単調になってきたぞ?ゾーラ高等学校最強はその程度か?」


ダンカンは全然動いていないのに私ばかりが押され始める。

徐々に剣も見切られてきており先読みして防がれることも増えてきた。


(このままでは負ける……なにか手は……!)


周りを見渡すが混乱は収まっておらず加勢できそうな人はいない。

そもそも自分と同じかそれ以上の実力を持っていないと逆に足を引っ張られることになってしまう。

なんとかこの男を倒さないといずれは重要人物たちがこの男に殺されてしまう。

この男に勝てるのは自分だけなんだと言い聞かせる。


「神聖剣、一の御業みわざ聖なる裁きパニッシュメント・スラッシュ!」


「ほう……!剣にこれほどまでの量の癒やしの魔力をまとわせられるとは……!だが使い手の実力が足らんな」


剣を振り抜こうとしたその瞬間、腹部に猛烈な痛みと衝撃が走り体がふっとばされる。

ダンカンの蹴りを食らったことに気づき、聖鎧癒戦の力で一瞬で回復し立ち上がるももう目の前にダンカンが迫っていた。


「うっ……!」


「ほう、今のを防ぐか。火事場の馬鹿力ってやつか?」


こちらは力を強化しているはずなのに全然押し返せない。

まるで岩でも押しているかのようにビクともしなかった。


「フローラ様!今加勢を!」


その声にハッとする。

見ればエセルが剣を抜いてこちらにやってこようとしていた。


「なりません!エセル!」


「フローラ様!しかし……!」


「あなたは他の生徒たちを指揮してください!でなければ死人が出てしまいます!」


本来なら王族たるニコラス第2王子がまとめるのが筋というものだがあの王子にそこまでの器量と実力があるとは思えない。

アルバー王国の方々には優秀な方も多いがゾーラ生の方が圧倒的に多い分この場で一番適しているのはエセルしかいない。


「ですがそれではフローラ様が!」


「こちらは私がなんとかします!」


なんとかなる目処は立っていない。

しかしエセルを納得させるためにはこう言うしかなかった。


「ウォルシュ嬢にエセル殿。ここは俺がウォルシュ嬢に加勢するというのはどうだろうか?」


緊迫した状況に似つかわしくないいつも通りの声。

ここ最近よく聞いた声がこの場に響いた。


「ジェラルト様……!?」


「どうだろう、エセル殿。ここは俺に任せてくれまいか?」


「………わかりました。フローラ様のことよろしくお願いします!」


「承知した」


ジェラルト様が私と共闘を……?

感謝を伝えようとしたがダンカンの力が強まり口を開く余裕がなくなる。


「さて、ではまずはどかすことから始めようか」


ジェラルト様はこちらに一気に接近しダンカンに向かって剣を振る。

ダンカンは舌打ちをしながら後ろに下がりさっきまで私にのしかかっていた重圧がようやく消えた。


「ありがとうございます。ジェラルト様」


「いや、気にしないでくれ。俺があいつと戦いたいから来ただけだ」


ダンカンと戦いたいからわざわざ来るなんて……

でもジェラルト様の表情に緊張の色は全く見られない。

それだけでジェラルト様の心の強さが分かる。


「シンシア王女のときはたまたまとはいえ華麗に助けたから失敗だったんだ……この中途半端なタイミングで共闘ならば大丈夫なはず……」


「……?ジェラルト様?」


「ああいや、なんでもないさ」


シンシア王女って単語が聞こえてきたけど……

いや、今は戦いの最中。

こちらに集中しなければ。


「おい、ガキ。一匹増えたな。名を名乗れ」


「黙れ。テロリストの分際で俺に命令をするな。その口二度と開けられないようにしてやろうか?」


ダンカンの表情に怒りが見える。

わざわざ挑発する必要があったのかはわからないがとにかく剣を構える。


「行くぞ」


「はいっ!」


ジェラルト様と一緒に駆け出し、左右から接近する。

しかしダンカンは私の剣を躱しジェラルト様の剣を受け止める。

敵が増えたのにも関わらず全く動揺していなかった。


「ははは!おもしれぇ!もっと本気でやり合おうぜ!」


ダンカンは初めて自分から動き出す。

その速さは凄まじく戦闘のギアが一気に何段階も上がった。

聖鎧癒戦が切れないように必死に魔力の供給を続け戦いに食らいついていく。

しかし徐々にが遅れを取り始めていた。


(速すぎる……!このままじゃ私だけ……!)


ダンカンの鋭い一撃が私を襲いなんとか防ぐものの体勢を崩されてしまう。

その隙を見逃さずダンカンは追撃してこようとするがジェラルト様が止める。


「ウォルシュ嬢!下がれ!」


「わ、私はまだ……!」


「下がれって言ってるんだ!」


ジェラルト様の厳しい言葉が私の心に突き刺さる。

私は何も言い返せずにすぐに撤退しジェラルト様たちの戦いを見守った。


「あ〜あ、メスガキが逃げちまったじゃねえか。お前どう責任取ってくれるつもりなんだ?」


「ではお詫びにお前を地獄に送ってやろう。一瞬で送り届けてやるから感謝しろよ?」


場の緊張が高まっていくもジェラルト様は不敵に笑う。

その姿はまるで姿の見えない怪物のようで体が震える。


「死ねやクソガキがぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「紅月流、居合ノ術……」


ジェラルト様がダンカンが目の前に迫っているにも関わらずなぜか納剣する。

私はつい叫んでいた。


「ジェラルト様!危ない!」


「水月斬り」


「ぐあぁ!?」


一瞬何が起こったのかわからなかった。

しまったはずのジェラルト様の剣が神速のごとく抜剣されダンカンの両手を斬り飛ばした。

どんな原理であの速さの抜剣を成しているのか……私には理解も及ばなかった。


(ああ、そうか……)


「ま、待て。待ってくれ……」


「俺の名前はジェラルト=ドレイク」


「ドレイク!?ってことはあの──」


「冥土の土産だ。持っていけ」


ジェラルト様の剣がまっすぐに横に振られダンカンの首を切り飛ばす。

その圧倒的な実力は私が手も足も出なかったダンカンをも圧倒的に上回っていた。


(私は手加減されてたんだ……)


生き残った安堵よりも。

ジェラルト様が勝った喜びよりも。


ただただ自分よりも強い、それも覆せそうに無いほどの実力差がある人がいると知り、自分の心を覆うほどの不安と恐怖だけが私の心に残った──

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