第8話 くっころガチ勢、技を習う

マーガレットが俺の師匠になって一ヶ月が経つ頃。

紅月流の修行は更に一歩先のものへと変化していた。

そう、技を習い始めたのである。


「紅月流の基本は魔力を剣に纏わせ魔法を付与することよ。魔装と同じように剣にも纏わせるイメージで剣と体が一体になっているようになるまで集中しなさい」


「は、はい」


そしてこれがかなり難しい。

剣はあくまで俺の体ではないので魔装とは全く勝手が違う。

だが無属性の魔力を纏わせられなければ何かの属性を付与しながら敵と戦うなんてもってのほかだ。

マーガレットが最初に習得するのが難しいと言っていたのを嫌と言うほど思い知らされる。


「これも魔装以上に難しいわ。でも魔装よりも属性変化の練習さえしておけば簡単に扱えるようになるはずよ」


「属性変化の方は割といけるようになってきました。今十分に扱えるのは水、風ですかね。火と雷と地は練習中です」


「本当にアンタは早いわね……でもそれならあと一週間もかからない程度で技が一つくらい習得できると思うわ」


「それは楽しみです」


剣も体の一部であるかのように魔力回路をつなげるイメージでやってみる。

そうすると少しだけ剣にも魔力が宿るが、マーガレットのを見せられてからは少なすぎるようにしか見えない。


「……今の僕にはこれくらいが限界のようですね」


「でも集まってるほうだと思うわよ。このレベルだと弱いけど技も発動すると思うわ」


「本当ですか!」


こんな微細な魔力量でも発動するらしい。

そうなると使ってみたいと思ってしまうのが人間のさが

俺は期待を込めた目でマーガレットを見る。


「うっ……そんなに目をキラキラさせないでよ……」


「お願いします!師匠!剣に魔力を纏わせる練習もきちんとしますから!」


「……はぁ、アンタならこっそり一人でやりかねないし……私も変に期待させちゃった責任はあるから一つだけ教えるわ。ただし、私との訓練での剣に魔力を纏わせる練習は継続するし私がいないところで技の練習をするのは禁止よ。守れるかしら?」


「……!はいっ!守れます!」


「……わかったわ。じゃあ教えるわね」


やった!

俺もついに技を使えるんだ!

今から学ぶのが楽しみでしょうがない。


「前に紅月流の技を見せたことがあるでしょ?」


「えっと確か水月斬り……でしたよね?」


「そう。まああれはそこそこ強力な技だから同じ系統の1段階前の技を教えるわ」


前に見たマーガレットの技は本当にすごかった。

1段階前とはいえあれに似た技を使えると聞いてテンションがあがる。


「その名も水刃斬りよ。まあ属性はあなたの得意な物でいいわ」


属性を持たせた魔力を纏わせて繰り出す紅月流の技は何の魔力を纏わせたかで効果が全然違う。

火だったら燃え、水だったら切れ味が上がり、風だったら刃が増えて切り刻み、雷はしびれて焦げ、地だったら一撃の衝撃力が上がる。

これらを使い分けることにより多彩で強力な攻撃が可能になるわけだ。


「じゃあ僕は風でやろうと思います」


「風刃斬りね。今から見本を見せるわ」


マーガレットは試し切りようの丸太を初めて俺に技を見せてくれたときのように持ってきて剣を構える。

その瞬間、時が止まったかのように訓練場が静かになった。


「紅月流居合ノ術、風刃斬り」


マーガレットが剣を振った瞬間、目に見えない刃が丸太を切り裂き3本の線が入って4つに分かれた。

人間は放出系の魔法を使えないがなぜか魔道具からは魔法を放出できる。

つまり紅月流は魔法を自由に付与することで即席の魔道具を作り出し剣術と組み合わされているようなもの。

近距離で自在に魔法を変えながら切りかかってくるのは相手からすればひとたまりもないだろう。


「すごいですね!師匠!」


「今のアンタなら斬ることはできなくても魔法は発動するはずよ。先に風に属性変化させた魔力を剣に流し込んでしっかりと風を起こすイメージを持って剣を振りなさい」


「わかりました!やってみます!」


俺は剣を構え集中する。

とにかく風を起こすことだけを考えながら剣に魔力を纏わせる。

そして──


「風刃斬り!」


「きゃあっ!?」


俺の剣からは風が生まれた。

刃とはならず普通に風として。

しかもマーガレットの格好はスカートの軍服だった。

スカートの丈が長いから普通に動いていても中は見えなかったが……

白、だったなぁ……


「………」


「………」


「……み、見た?」


「み、見てないです!僕は剣に集中していたので斬るべき丸太しか目に入っていませんでした!」


「何を見たのかなんて聞いてないけど?」


「うっ……そ、それは……」


マーガレットは自分のスカートを抑え赤く染まった顔で聞いてくる。

きれいな純白でした、とは言えないので俺は知らぬ存ぜぬを突き通そうとするが万事休すか──!?

と思われたその瞬間……


「2人とも〜!そろそろ休憩したらどうかしら〜?お菓子が焼けたわよ〜!」


まさに俺を助けるが如くあらわれたの一声。

俺はこれしか突破口は無いと一瞬で判断した。


「し、師匠!いきましょう!お母様が呼んでます!」


「……はぁ……そうね。追求はあとにすることにしましょう」


逃れられてなかった!?

俺は肩を落としながらマーガレットの後をついていく。

母は椅子に座りながら手を振って笑顔を浮かべていた。

そして母が抱いている存在が目に入り俺はダッシュで近づく。


「こんにちはお母様!アリスも一緒なんですね!」


「ふふ、そうよ。ご機嫌だったから連れてきたの」


アリスというのは先日生まれたばかりの俺の妹だ。

前世で一人っ子だった俺にとって新しく生まれた妹が可愛くて仕方ない。

訓練場は屋根もついていて気温もちょうどいいから赤ちゃんでも負担になりすぎることはないだろう。

まあすぐにベッドに戻されると思うが。


「こんにちは。オリビア様、アリスちゃんもいるんですね」


「あら、マーガレット。ほらアリス、マーガレットお姉ちゃんよ」


本来は子爵家三女が侯爵夫人に対してこんな態度を取るのは許されないがマーガレットは俺の師匠なのでこのくらい砕けた態度を許されている。

まあ同じ家に住んでるわけだしずっと堅苦しい言葉を使い続けるのは肩が凝るよな。


「2人とも座ってちょうだい。今日のは自信作だから食べてほしくって」


「おお!美味しそうですね!」


「私まで頂いちゃっていいんですか?」


「もちろんよ。感想を聞かせてくれると嬉しいわ」


母の趣味はお菓子作り。

貴族が自ら台所に立つなんてありえない世界なので貴族でこんな趣味を持っているのは母くらいのものだろう。

おかげで美味しいお菓子を食べられるから俺的には役得だけど。

今日はクッキーのようだ。


「「いただきます」」


口の中にちょうどよい甘みが広がる。

紅茶のセンスもよくとてもクッキーに合っていた。


「美味しいです!母様!」


「本当に美味しいです……私も料理始めてみようかしら」


「まぁ!今度一緒に作りましょ!そうだ!ジェラルトのお嫁さんになってくれればお菓子作り友達ができるからぜひ検討してほしいわ!」


俺とマーガレットは紅茶を吹き出しそうになる。

こんなことを言っていいのかと聞きたくなるが母は笑顔であるものの目は真剣だった。

どうやら家の意向としてそれも前向きに考えているらしい。


「あ、あの……」


「お母様、それを本人に言うのは少しいじわるですよ。侯爵夫人のお母様にそう言われてしまえば断れないんですから」


「ふふ、そうね。でも考えておいてほしいのは事実よ。ね?マーガレット」


「は、はい……」


なんとも緊張した場面になってしまったがその後は終始穏やかな雰囲気でお菓子を楽しんだ。

話しながら食べているといつの間にか全てお菓子がなくなっていた。


「ありがとうございました、お母様。とっても美味しかったです」


「本当にありがとうございます」


「いえいえ。じゃあジェラルト、訓練頑張るのよ?マーガレットもこの子をよろしくね」


「「はい!」」


俺達はこうしてまた訓練に戻っていく。

平和な日々のとある一幕だった──

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