第五一話 天文十二年三月下旬『市江川の戦いその漆』太原雪斎SIDE
「この策も駄目でしたか」
使番からの報告に、太原雪斎はやれやれと嘆息をこぼす。
本隊をあえて川岸に在陣させ、敵の本隊を釘付けにして動けなくし、二カ所からの同時上陸作戦だったのだが、どれも阻止されたようである。
うち一か所は一〇〇〇と兵数を本命部隊の倍にして、敵の関心を引き付けるという二重の陽動作戦だったのだが、完全に見破られていた。
「鳳雛……雛といえどやはり鳳凰ということですか」
ここまであっさり看破されると、まるで本当に鳥のように空を飛翔し戦場を俯瞰でもされているかのような錯覚に陥る。
まったくもって厄介な敵と言うしかないが、それ以外にも気になる事があった。
「しかし、見破られたとは言え、兵数はこちらが圧倒的に上でしたでしょう? 多少強引にでも上陸し、蹴散らしてしまえばよかったのでは?」
尾張の防衛に当たっている織田勢は、せいぜい二〇〇〇強といったところだろう。
尾張に潜ませている
正確な兵力まではさすがにわからぬが、まず二五〇〇を上回ってはいないはずだ。
五〇〇〇の兵で圧をかけている以上、あちらが予備兵力として動かせるのは数百かそこらのはず。
しかもそれらを二手に分けてもいるのだ。
こちらの別動隊はそれぞれ一〇〇〇と五〇〇。
普通に考えれば、いくら渡河の不利があるとはいえ、本来ならあっさり押し切れるはずの兵力差だった。
「そ、それが
「初戦の報告にもあったアレですか」
げんなりと雪斎は顔をしかめる。
兵法を収めた雪斎は、当然、蒙古襲来に関連する書物にも一通り目を通している。
まさかそんな
「初見では確かに驚き混乱するでしょう。しかし、そのようなものがあるとすでにわかっていれば、なんとでも対応できると思っていたのですが?」
雪斎は思い浮かんだ疑問をぶつける。
人が混乱し恐慌状態に陥るのは、あくまで想定外の事態に遭遇した時、だ。
前もって想定し訓告しておけば、意外と落ち着いて対応できるものである。
にもかかわらず?
「飛び散る破片や音はなんとか矢盾で対処できたんですが、火の粉がめちゃくちゃ広がって、消火が追いつかないんすわ」
「っ! なるほど! そういう事ですか!」
得心がいき、雪斎は忌々しげに吐き捨てる。
上陸作戦には当然、船、あるいは船橋を使う。
当然、火矢への対策は講じてあったが、てつはうによる火災の対策など、考えてみれば当然と言えば当然なのだが、初見ゆえそこまで想像が回らなかったのだ。
火矢対策でなんとかなると、無意識に思い込んでしまっていた。
「~~っ!」
唸るとともに、雪斎は苛立たしげに爪を噛む。
奇しくもそれは、未来の弟子である徳川家康の悪癖と同一のものであった。
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