第一話 天文十一年三月中旬『武士とはかくあるべし』
信秀兄さまの守護代就任の翌々日のことである。
早朝、わたしは主だった家来八名を屋敷の広間に呼び集めていた。
「さぁて、信秀兄さまから褒美も頂いたし、改めて我が家の論功行賞をするわよ」
「「「「「おおおっ!!」」」」」
わたしが宣言すると、喜びの歓声が巻き起こった。
拳を握り締める者、突き上げる者、頬を緩める者、うずうずそわそわと身体を震わす者、反応はいろいろだが、皆期待に胸を躍らせているのがよくわかった。
まあ、当然と言えば当然か。
先の清州の戦いにおいて、我が下河原織田家――尾張では織田氏が多いので便宜上そう呼んでいる――は、
一応、戦勝祝いと称して、わたしのポケットマネーから、この場にいる成経や牛一といった足軽組頭たちには一〇貫文(約一二〇万円)、この場に呼ばれていない、彼らの下に付く足軽たちにも三貫文(約三六万円)支給しているが、戦果と比べるとややまだ物足りないと言わざるを得ない。
ようやく本命の褒美がもらえると、彼らもワクワクが止まらないのだろう。
「…………」
一人だけがムスッとした顔で、牛一が顔色変えず次の言葉を待っている。
別に怒っているわけではなく、単純に自らの褒美にはあまり興味がないらしい。
相変わらずクールな子である。
「さて、まず一番手柄……佐々成経!」
「おうっ!」
名を呼ばれた成経が立ち上がり、前に進み出てくる。
論功行賞の場だというのに、正装の袴ではなく、獣の皮をあしらった派手な出で立ちである。
口元には笹の葉をくわえ、ピコピコさせている。
見る人によってはなんとも主を舐め腐った態度と言えるが、わたしは気にしない。
彼はいわゆる『傾奇者』であり、これが彼なりの自己表現だからだ。
「敵の総大将、織田
「「「「「おおおおおっ!!」」」」」
興奮の歓声が再び巻き起こる。
おそらくは、想像していたものをさらに上回ってきたことへの驚きだろう。
なにせ信秀兄さまからもらった褒美二三〇〇貫の四分の一近くなのだから。
我ながらけっこう奮発したのだ。
――のだけど、当の成経は嬉しがるどころか、どこか渋い顔だった。
「なに? 褒美に不満?」
これでもまだ足りないということだろうか。
いや、まあ、確かに彼の挙げた手柄は、今後の織田家の命運を左右するほどのものだったと言っても過言ではなく、これでもまだ足りないとは正直思う。
けど、他の家臣にも褒賞は上げないといけないし、ない袖は振れないのだ。
「いや、十分すぎるっす。ただ……前兵衛の褒美はいくらっすか?」
前兵衛とは、太田牛一の我が家中でのあだ名である。
前にも言いましたよね、が口癖なので、いつ頃からか影でそう呼ばれるようになっていた。
本人目の前にして言うのが、成経らしいけど。
「次の次に発表するつもりだったけど、まあ、いいわ」
功一等の者に渋られては、家中の士気にかかわる。
その辺のもやもやをはっきりさせてしまおう。
「牛一は三番手柄ね。知行二〇〇貫」
主に成経のサポートを評価しての査定である。
「そうか。じゃあ、前兵衛と俺の褒美を交換してくれねえっすか?」
「はいっ!?」
さすがにこれにはわたしも驚いて、目を瞬かせる。
差額は領地四〇〇貫、年収にして二四〇〇万円相当を生む土地である。
それをぽんっと他人に譲るとか、ちょっと意味がわからない。
「どういうつもりです?」
これにはさすがの牛一も、いぶかしげに顔をしかめて問う。
成経はフンッと鼻を鳴らし、
「てめえにだけは借りを作る気はねえ。これで貸し借りはなしだ」
きっぱりと言い切る。
なるほど、清州の戦いの折、犬猿の仲の牛一に命を助けられたことが、成経には相当の屈辱だったらしい。
だからってまあ、やりすぎにもほどがあるとは思うが。
「いりません。別にあなたを助けたつもりはない。拙者は拙者の仕事をしただけです」
一方の牛一も、なかなかの頑固者だ。
矜持の為に領地四〇〇貫を棒に振るとか、お互い正気か!? と思う。
その後は、
「うるせえ。いいからもらっとけ!」
「いりません」
「このままじゃ俺の気がすまねえんだよ!」
「貴方の気を済ます義理は拙者にはない」
「こっの、強情もんがぁっ!」
「それはお互い様です」
やる、いりませんの押し問答が始まってしまう。
なんというか、二人ともよくやるわ、ほんと。
意地っぱりにもほどがある。
でもこういうおバカな意地の張り方、わたしは嫌いじゃなかったりするのよね。
武士は食わねど高楊枝。
漢じゃないか、二人とも!
とは言え、論功行賞の場で言い合いを始められては、他の者たちに迷惑だし、示しもつかない。
「はいはい、そこまで!」
パンパンと手を叩きつつ、わたしは叫ぶ。
さすがに二人とも、主君の言葉には従い、押し黙る。
それを確認してから、
「成経の嘆願を考慮し、それぞれ褒美は知行四〇〇貫とします」
わたしは沙汰を言い渡す。
このあたりが落としどころとして適当だろう。
「これは当主であるわたしの決定事項です。異義は認めません」
とも付け加えておく。
こうでも言っとかないと、いつまでも揉めそうだしね。
まったくめんどくさい連中である。
なお余談であるが、この後、二人の手柄の譲り合いは、武士とはかくあるべし、という講談として尾張内に広まったりしたのだが、それに関して二人がなんとも嫌そうに顔をしかめたこともここに記しておく。
さらに余談であるが、今回の二番手柄は『気相の人』金森長近である。
偽装撤退の際にはよく兵たちをまとめあげてくれた。
撤退というのは実はめちゃくちゃ難しく、それを整然とよどみなく、負傷者も出さずに成功させた陰の功労者と言える。
……言えるのだが、すっかり二人が目立ちすぎちゃって、盛り上がりすぎちゃって、表彰の時はどこかしらけた空気になっていたのがちょっとだけ可哀想だった。
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