第二話 天文十一年三月中旬『代わりの代わり』

「改めて、清州城代を務めることになったつやです。正直、わたしには荷が勝ちすぎていますが、お二人ともご助力お願いいたしますね」


 清州城の本丸御殿、その表書院(要は謁見の間)にて、わたしは林秀貞殿と柴田勝家殿に深々と頭を下げていた。


 ここ清州城は、守護である武衛様の居城たる尾張の中心地である。

 そんなところの城代なんて、さすがに責任重大すぎる! と戦々恐々としたものだが、さすがに信秀兄さまも補佐としてこの二人を付けてくれたのだ。


「頭をお上げください、姫様。元よりそのつもりですから」

「ええ、微力ではございますが、俺も精一杯尽力させていただく所存です」


 秀貞殿と勝家殿が心強い言葉で請け負ってくれる。


「そう言って頂けたなら、心が軽くなります」


 これは心からの言葉である。


 林秀貞殿と言えば、織田政権でずっと筆頭家老を務め続けた人物である。

 戦に出ることこそほとんどなかったが、外交や行政面を中心にかなり活躍が見られ、信長が発給した政治的文書にはほぼ常に彼も署名しているぐらいだ。

 最後こそ突如、追放の憂き目にあってはいるが、それも後年の研究者からは謎扱いされるぐらいであり、その前年まではあの能力主義の信長に、政治的に極めて信任されていた傑物だったのだ。

 勝家殿も、槍働きのほうが目立つが、領内では善政を敷いていたと言われている。


 そんな二人が補佐してくれるというのだ。

 これほど頼もしいことはなかった。


「所詮、わたしはお飾り。政務は全て筆頭家老である秀貞殿に一任いたします」


 一族の者を名目上の城主に据える。

 この時代、よくあったことである。


 実際、信長も那古野城の城主となったのは数え二歳の時とされている。

 勿論、そんな年で政務などできるはずもなく、実際の政務は信長に付けられた四人の家老たちが行っていたはずだ。

 今回の清州城代抜擢も、そういうものだとわたしは認識していた。


「お飾りなど……姫様の力量を疑う者などもはや家中にはおりません」


 秀貞殿はそう笑ったものだが、さすがに言葉通りには受け取れない。

 史実では、秀貞殿は信長が次々と結果を出した後も、彼を当主と認めず、弟の信行を支持し続けた。

 なので、


「いえ、スサノオノミコト様より知識を授けられはしましたが、政治は右も左もわからぬ身、まずはおそばで勉強させていただこうかと考えています」


 まずはこう、殊勝な態度で様子を見るに限る。

 すでにこの人が、生粋のオタク気質ということはわかっている。

 あまり彼の専門分野に見当違いの口出ししすぎると、反感を買いそうなのよねぇ。


「なるほど。わかり申した。しばらくはわたしにお任せくださいませ。万事うまく取り仕切ってみせましょう」


 言いつつ、ほっとどこか少し安堵の表情を浮かべる秀貞殿。

 どうやら、わたしの読みは正しかったらしい。


 まあ、政治のプロフェッショナルとして、妙に知恵が働くとは言え数え八歳の子どもにあれこれ口出しされるのでは、と戦々恐々だったのだろう。

 素人や半可通に口出しされることほど、現場が混乱することってないからね。


 安心してください。

 わたしはそういうことはしません。

 めんどくさいので!


 一応、わたしも前々世で城主を務めていた事があるにはあるが、辺境の山城である。

 わたしは身の程と言うものを知っているのだ。

 尾張みたいな農業も商業も盛んな国の中心地とか、むりムリ無理!


 餅は餅屋、適材適所に任せてしまうのが、わたしにとっても領民たちにとっても幸せというものだった。

 一応、重要書類の確認だけはしますけどね。責任者として。


「勝家殿には、軍事方面をお任せ致します」

「はっ!」


 野太く低い声で、力強く返事される。

 こちらも、史実においては織田四天王筆頭と言われる家中随一の猛将である。

 任せておけば全く問題ないだろう。


 ではわたしは何をするのかと言えば……

 自室にこもって、自らのクオリティオブライフの向上である!


 戦国時代に舞い戻ったことを受け入れてからはや半年。

 いろいろすでに開発は着々と進めているけれども、まだまだまだまだ不便不満はいっぱいだ。

 これこそ、この世界でわたしにしか出来ない仕事である。

 城代として城を運営するより、こっちに全力を尽くすのが、皆が幸せになれる道であろう。


「では、今日のところはこのあたりで。お二人とも、頼みましたよ」


 と言うわけで、今日もわたしは早々に自室に引きこもるのであった。


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