間話 天文十一年三月上旬『尾張守護代 織田大和守達勝』

「なっ!? ぶ、武衛様を、あ、暗殺したじゃとぉっ!?」


 織田大和守家当主、織田達勝は嫡養子からの報告に、思わず声を裏返させた。


 今朝がた、傀儡であったはずの斯波義統から、織田信秀を養子に迎え、守護代職を譲れなどと言われただけでも青天の霹靂もいいところだったのに、今度はその斯波義統を暗殺した、である。

 もう六〇歳近いというのに急展開の連続で、頭がまったく追い付かない。


「ええ、ガキの頃から面倒見てやったってのに、俺を廃嫡しようなんて生意気にも程があります。身の程ってやつを教えてやりましたわ」


 嫡養子の信友が、得意満面に言う。


 達勝は思わず頭を抱え込みたくなる。

 その気性の荒さに武将としての器を感じ養子としたのだが、どうにも短慮なところが目立ちすぎる。今回はその最たるものだった。


「ばっかもん! 形式の上だけとはいえ、斯波家はこの尾張の守護にして、我が織田大和守家が長年仕えてきた主君であるぞ! それを殺すなどと……っ!」

「仕方ねえじゃないですか。あいつ、俺を廃嫡せよとかふざけたこと抜かしたんですよ?」

「ならまずは説得を試みるのが筋であろう!?」

「はっ!? そんな悠長なこと言ってられますか! ンなことしてる間に俺は廃嫡されてますよ!」

「むぅぅ、せめて城の一室に蟄居させるなり、強制的に隠居させるなり他に方法が……」

「そんなん逃げられたり、信秀に取り戻されたりしたら、余計に面倒になるだけでしょうが!」

「む、むううう」


 達勝は下唇を噛み締め唸る。

 確かにそれは最も望ましくない展開である。


 そして、十分にあり得ることでもあった。

 曲がりなりにも斯波家の人間だ。牢につなぐわけにもいかず、相応の対応でもてなさねばならない。

 どこかの邸宅に押し込めたとして、昼夜を問わず鼠一匹逃がさぬ警戒となると、極めて難しいと言わざるを得ない。

 実際、有名どころでは後醍醐天皇が幽閉先から逃亡しているし、現将軍の足利義晴も、播磨の地に幽閉されていたが脱出して上京している。


 信秀の下に逃げ込まれ大和守家討伐を掲げられれば、信秀はこれ以上ない大義名分を得ることとなる。

 そうなれば、織田大和守家は四面楚歌、滅亡まったなしである。

 

「幸い武衛様には二歳になる赤ん坊がいて、そいつはもう俺たちが押さえています。そのガキに斯波の名跡を継がせてしまえば、どうとでもなりますって」

「……ふむ」


 達勝にはそう簡単にいくとも思えなかったが、とは言え起きてしまった事は仕方がない。

 もはやそうするより他に道はなさそうである。


「そうじゃな。まずは触れを回さねばな。武衛様ご乱心につき、誅殺せざるを得ず。ついては嫡男岩竜丸様が我が尾張大和守家後見の下、斯波家一五代当主を襲名す、とな」

「ははっ、信秀あたりは文句言ってきそうですなぁ」

「間違いなく、な。まあ、その辺のらりくらりとかわせばなんとかなろう。権謀術数に長けた男ではあるが、織田一族の者には存外甘いからのぅ」


 口髭を撫でつつ、達勝はにたりと笑う。

 信友も釣られるように同様の笑みを浮かべる。


 そう、彼らは信秀を舐めていたのだ。

 その実力を認めつつも、主家であり同じ織田一族でもある自分たちに刃を向けられはしない、と。


 その判断は確かに正しくはあった。

 史実的にも、信秀は自らに楯突く親族を屈服まではさせても、殺すことも家を潰すことも追放することもできず、なあなあに済まし続けたのだから。


 だが、彼らは不幸にも知らなかった。

 今の信秀のそばには未来を知る参謀がいることを。

 そしてその参謀は、信秀ほど織田一族に甘くはないということを。


 だから彼らは、この日をひたすら斯波家次期当主擁立に使い続ける。

 信秀が夜の闇にまぎれて兵を集めたのとは対照的に。


 全て一人の少女の思惑通りに。

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