第四八話 天文十二年三月下旬『市江川の戦いその肆』
「早速、ご活躍だったようですね。さすがは織田の鳳雛です」
「活躍したのはわたしじゃなくて成経ですけどね」
現れた勝家殿に、わたしは肩をすくめて返す。
ここは津島から南に一里弱、佐屋村の外れにあるお寺。
わたしたち下河原織田党はここに本陣を設け、勝家殿率いる本隊と合流を果たしたところである。
二一世紀の感覚だとお寺に戦の本営を、なんてちょっと罰当たりだけど、この時代では割とよくあることだったりする。
すでに建物があり雨風をしっかりしのげて、広さもある。
出撃する際は御仏に勝利を祈願することもできる。
色々と都合がいいのだ。
「ふむ、随分と悩んでいたようで、俺のせいかと少々気に病んでいたのですが、復調したようなら何よりです」
いつもの仏頂面ではあるのだけど、どこかホッとしたように勝家殿は言う。
なんだかんだ責任を感じていたらしい。
やっぱりなんだかんだ面倒見がいいし、優しい人なんだよなぁ。
「人の成長は階段、あるいは山谷のあるもの、ですから。むしろ良いきっかけを与えてくれたと思います」
「お世辞でもそう言って頂けると助かります」
「本心ですよ」
不調の間はちょっとやきもきさせられたのは事実だけど、ね。
でもそれはやっぱり勝家殿のせいではないし、終わりよければすべてよし! である。
これまでの成経って、調子がいい時は凄い勘の冴えを見せるんだけど、どこか危うさがあったように思う。
清州の戦いでも大手柄を挙げたけど、下手すれば死んでたわけだし。
史実でも小豆坂で七本槍に数えられるぐらい素晴らしい活躍をしたり、信光兄さまを殺害した坂井孫八郎をきっちり討ち取ったりしてはいるんだけど、結局、稲生の戦いで戦死しちゃってるし。
今回の事で、今後、成経からはそういうムラっ気みたいなものがけっこうなくなるんじゃないかな。
使う側の人間としては、ほんと一安心だった。
今は戦国の世。覚悟はしているが、それでも親しくしている者に死なれたくはないものである。
「まあ、今回は成経のおかげでどうにかなったとはいえ、依然、予断を許さぬ状況にあるのは確かです」
「っ! ですな」
勝家殿も表情を険しくして頷く。
まだ織田領への上陸こそ許してはいないが、服部党の市江島(現弥富市)には続々と船が入港してきているのは確認済みである。
潜入した下柘植党からの報告によれば、すでにもう五〇〇〇以上は上陸しているらしい。
一方、こっちの兵力は勝家殿の本隊一八〇〇に、わたしの下河原織田党三〇〇の計二一〇〇。
現時点で約二・五倍の兵力差である。
しかもあっちはまだまだ増える見込みに対し、こっちは後詰がいつ来るのかもしれない状況。
正直、勘弁してほしい。
「姫様! 勝家殿! 物見より報告が! 市江島の方で動きが。続々と対岸に兵が集まってきております!」
「お出ましのようですな」
「みたいですね」
使番の報告に、勝家殿はすくっと立ち上がり、わたしはやれやれと嘆息する。
ここからが本当の正念場だった。
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ようやくつや視点に戻ってきました。
ここからはageターンです。
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