第十九話 天文十一年七月中旬『喧嘩』
「のどかねぇ」
かっぽかっぽ馬を歩かせつつ、わたしは視界一面に広がる田園風景に感嘆の声をあげる。
この辺、二一世紀だと日本三大都市圏なだけあって、完全にコンクリートジャングルだからなぁ。
めちゃくちゃ隔世の感がある。
「ええ、この日常がいつまでも続けばいいと思います」
愛馬で隣につけた勝家殿が、しみじみと頷く。
史実において、その勇猛ぶりばかりが一人歩きする勝家殿であるが、後に賜った越前ではしっかり善政を敷いているのよね。
見た目は厳つく怖いけど、やっぱり根は優しい人なのだ。
「俺はそれは勘弁してほしいっすね」
一方、異を唱えたのはわたしのすぐ後ろで馬を操る成経である。
傾奇者である彼には、こののどかで平和な風景は、おそらく退屈そのものに映っているのだろう。
「早く……早く次の戦がしてえっすわ」
その声からは、内に潜む獣性を隠しきれぬ様子がありありと伝わってくる。
まあ、ヤンキー気質だからなぁ。
どうしても血の気が多いのだろう。
戦時は頼もしいが、平時はちょっと面倒くさい。
「そうか」
勝家殿は淡々とそれだけ返す。
不愛想な人だから凄くわかりにくいんだけど、これ多分ちょっと苦笑いしている感じである。
その心を言い表すなら、「まあ仕方ないか」と言ったところか。
武士として生まれたからには、平和よりも槍働きの機会を願うのは至極当然の事なのだから。
「それならば、もっと強くならねば、な」
「っ! そりゃあつまり、俺が弱えって言いてえのか!?」
勝家殿の何気ない一言に、成経がムッとして噛みつく。
少しだけわたしも驚きに目を見開く。
一六かそこらの若造ならば、普通に言われるような言葉だ。
そこまで苛立つほどのものとも思えなかったのだが……
「……弱いとは言わん。が、十分とも言わん」
ここで言葉を濁すなりお世辞を言えれば場も収まろうというものだが、実直な勝家殿にそれは無理な注文というものだ。
ジッと成経を見据えてから、勝家殿はきっぱり言う。
「なに~っ!」
当然、その言葉は火に油を注ぐようなもので、途端に場は一触即発なピリピリとした空気と化す。
勘弁してよぉ。
こっちからしたら、ちょっとしたピクニック気分だったのに。
「熱くなるな。俺に勝てぬことはおぬしが一番よくわかっているだろう?」
さらにまだ煽るの!?
いや、うん、勝家殿にそんなつもりがないことは、今までの彼の人となりからわかる。
ただ淡々と事実を述べている、それぐらいのつもりなのだろう。
「~~っ!!」
危惧した通り、背中ごしに激しい成経の怒気が伝わってくる。
ひぃぃ、怒ってる、めちゃくちゃ怒ってるよぉ。
だが、それだけ怒るってことは多分、成経自身も感じ取っているのだ。
自分より勝家殿が強い、ということを。
でもそれを、認められない。
そりゃそうだ、成経は武の道を征く男の子なのだから。
それを一つ年下の勝家殿にここまで舐められたら、引くに引けまい。
「上等だ! 馬を降りろ! 勝負だ!」
やっぱこうなっちゃうよなぁ。
「ちょっ、成経! 落ち着きなさい」
「悪いな、姫さん。男には引けない時ってのがあるんだ!」
「えっ!? あ、こら!」
成経は有無を言わさぬ形でわたしを抱きかかえ、馬から降りてしまう。
主君であるわたしの言うことも聞きゃあしない。
すっかり頭に血が昇ってしまっていた。
「護衛失格だな。いいだろう。少し稽古をつけてやる」
呆れたような溜息とともに、勝家殿も勝負を受けてしまう。
あっちゃ~。もうこれ、どうすりゃいいのよ!?
「よぉし、さっさと馬を降り……うっ!?」
挑発しようとした成経の首筋間近で、勝家殿が抜き放った刀が止まっていた。
まさに電光石火!
まだ勝負前と油断していたとは言え、成経がまったく反応できないなんて。
「てめえ! まだ勝負は始まってねぇ! 卑怯だぞ!?」
「最初に言っただろう。護衛失格だな、と。敵が律儀に真っ向勝負を挑んでくるとでも?」
「ぐっ……!」
反論できず成経は言葉に詰まる。
まあ、勝家殿のはまったくの正論だからなぁ。
この戦国乱世、命の取り合いに卑怯もへったくれもないのだ。
いついかなる時も、油断は文字通り命取りなのだ。
しかも同じミスを、小猿の時にもしている。
弁解の余地はなかった。
「ふっ、まだ納得がいかないか。そうだな、守山城に着いたら気の済むまで揉んでやる」
「っ! 本当か!? 絶対だぞ!」
勝家殿の提案に、成経が凄い勢いで食いつく。
勝家殿もニッと口の端を吊り上げ頷く。
「ああ。男に二言はない」
「よぉし!」
パァン! と二の腕を叩き、ガッツポーズする成経。
強い相手と心行くまで戦える、というのが嬉しいのだろう。
ほんと根っからの戦闘狂である。
先程まで怒っていたことなど忘れたように、すっかり超ご機嫌な様子だった。
「なんかすみません。うちのタワケがとんだご迷惑を……」
さすがにちょっと恥ずかしくなり、わたしは謝る。
勝家殿には何度も助けられ、多大な恩があるというのに、さらにまたご迷惑をおかけすることになるなんて、まじで心苦しい!
「後でわたしがきつ~く説教しておきますから、別にあれに付き合わなくてもいいんですよ?」
ちらりと小躍りしている成経にジト目を向けつつわたしはそう打診するも、勝家殿は小さく首を横に振る。
「かまいませぬ。つや姫様が信光様と話している間、俺も暇ですから」
「そう言って頂けると助かります」
ああもう恐縮しきりである。
こうやって、あくまで自分の暇つぶしだ、と言ってわたしの罪悪感を軽くしようとしてくれるあたり、やっぱこの人、見た目は怖くても実は凄い気遣いの人なんだよなぁ。
それに比べて……
「おい、姫さん、何してんすか。さっさと守山城へ行きましょうぜ!」
このゴーイングマイウェイ男と来たらっ!
そもそもわたしを馬から降ろしたのはお前だ、お前!
うん、お前は勝家殿にしっかりお灸を据えられてこい!
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