第五二話 天文十二年三月下旬『市江川の戦いその捌』
「いやぁ、気持ちいいぐらい燃えたっすねー!」
興奮しきりに成経がげらげらと笑う。
なんでも火を見ると、無性に興奮するたちらしい。
まあ想像通りではある。
火遊びが好きなのは、子供か馬鹿かのどちらかと相場は決まっている。
成経は、そのどちらも当てはまるからね。
「とりあえずこちらも同様の結果です」
一方、成経とは対照的に落ち着いた様子で報告してきたのは太田牛一である。
どちらも我が下河原織田家が開発した新兵器による戦果報告だった。
服部友貞との初戦でも使用したが、主に戦国時代後期に瀬戸内海の水軍が使用した、黒色火薬と鉄片を陶器に詰めて火縄で起爆する一種の爆弾である。
材料の黒色火薬の日本伝来は鉄砲伝来と同時なので、まだ今の日本には伝わってはいないのだが、木炭一五%、硫黄一〇%、硝石七五%で混合すれば自前で作ることは可能である。
硫黄と木炭の入手は火山国日本では容易であり、硝石だけは入手困難ではあるんだけど、民家の床下の古い土をかき集めれば少量ながら入手することが出来る。
領内のそれをかき集め黒色火薬を生成し、開発しておいたのだ。
後々の一向宗との戦い、
まさかこんな早く使うことになるとは思ってもいなかったけどね。
「へえ、やっぱり船相手には使えるのねぇ」
なんでも黒色火薬は二一世紀のものに比べると不純物も多く爆発力はかなり低いのだが、その分周囲に火の粉を飛び散らせることで火災を誘発させる、いわゆる
実際の史実でも、木津川口の戦いで村上水軍が使用して、織田軍の船を次々と焼き払い、織田水軍に壊滅的な打撃を与えている。
木造物相手には天敵みたいな兵器なのである。
「ああ、ありゃあもう火矢なんて目じゃねえ燃え広がりようっすよ!」
「興奮しすぎです。姫様に貴殿の汚い唾がかかる。もう少し抑えてください」
「あぁん、これが興奮しないでいられるかよ!」
早速、成経と牛一の睨み合いが始まる。
もう一年も経つのに、仲良くなる気配は全くない。
顔を合わせればいつもこれだ。
つくづく犬猿の仲の二人である。
「はい、やめやめ。喧嘩は後になさい」
パンパンッと手を叩き、雑に喧嘩を仲裁する。
いやもう見慣れすぎて、そりゃ扱いも適当にもなるというものである。
「そんな事より、炮烙玉の残りはどう?」
「あ~、今日で使い切っちまったっす」
「拙者の隊は残り八個ですね」
「へえ、まだ残ってんのか。半分よこせよ」
「無駄遣いされるとわかってるところに融通できません」
「はぁ? 無駄ぁ? 逆だろ。俺が有効に使ってやるって言ってんだよ」
「そんなに欲しければ、佐屋村や津島の軒下でも漁って来ればよいかと」
「あん? そんな暇ねえよ! 寝ぼけてんのか!?」
「皮肉です。そんなこともわからないとは貴方こそ寝ぼけているんですか?」
ぐいっ。がしっ。
成経が血走った目で牛一の袖を掴めば、牛一もその手を掴み平然と冷たく睨み返す。
本当に喧嘩しながらでないと会話もできないのか、お前らは。
「だからやめなさいって。はあ、長近の隊は四つって言ってたから、残り一二個かぁ。正直、心もとない数ね」
軒下の土からじゃ、やっぱりちょっと少量すぎたなぁ。
わりとこの古土法は戦国時代では割とポピュラーな硝石生産法ではあったみたいだけど、一回の生産量が大したことない上に、取ると二〇年は採取できないしで、そりゃ海外からの輸入に頼るしかなくなるわ、こりゃ。
一応、将来の鉄砲伝来に備えて、加賀藩秘伝、五箇山の塩硝造りを真似て、わたしの領地のいくつかの場所でこっそり大量生産に着手はしているのだけど、それでもファーストロットが上がってくるまで実に後四年もかかり、今回の戦にはとても使えるものではないのだ。
「前回と今回で懲りて、退いてくれれば一番楽なんだけどなぁ。そこまでは無理でも、せめて信秀兄さまや斎藤からの後詰めが来るまで攻め控えてくれればいいんだけど……」
言葉は口にすると叶うって言うし、是非とも叶ってくれないかなぁ。
「ですな……」
勝家殿がなんとも厳しい顔で頷く。
それは難しいと感じているようだった。
「俺としてもそう願いたいところではありますが、俺は臆病ですからな。最悪を想定してしまいます」
「最悪、ですか?」
「ええ、一向宗全軍による一斉攻撃です」
「っ!」
わたしは思わずゴクリと唾を飲み込む。
もちろんわたしも想定はしていたのだが、実際口にされるとやっぱ来るものがあった。
結局、兵力で圧倒的に劣る以上、単純に物量でごり押す作戦がこっちとしては一番やられたくない戦法なのよねぇ。
まあ、防備をしっかり固めた対岸の敵に正面突撃とか、一向宗側としても損害著しく出来れば取りたくはない手段だろうが、一方で後詰が来る前になんとしても市江川を越えておきたいところでもあるだろう。
仕掛けてくる可能性は十分あった。
嫌だけど。
本当に嫌で嫌で仕方ないけど。
想像さえしたくもないけれど。
もしそうなったらわたしも、最悪の覚悟を決めなくちゃいけないんだろうな。
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