第二二話 天文十一年一二月中旬『いい湯だな』
信光兄さまへのおねだりから、あっという間に五カ月が経った。
色々バタバタしつつも、基本的には穏やかに時間は過ぎていき、季節は冬を迎えていた。
その間に、清州城の一角にわたしの屋敷もこしらえた。
エアコンこそまだ開発中だが、下河原の屋敷同様、水車動力で色々快適に過ごせるよう工夫を凝らした自慢の我が家である。
色々、門外不出の物も開発していたりするので、屋敷の周りはぐるりと物々しい壁に覆われている。
その上、警備の者たちが周囲を常に警邏しており、かつ下柘植一族の者たちがこっそり警備しているという鉄壁の布陣である。
そんな厳重な屋敷の中でわたしが何をしているかと言えば、
「は~~~、やっぱ冬に温泉は最高よね~」
「です~~~。わたし、姫様の女中でほんっとーに幸せです」
露天風呂で、はるとともに頬を上気させながら、満足気な吐息を漏らす。
外は寒いのに、温泉で身体は芯から温まる。
そしてそこからは木々や岩、石灯篭などが雪化粧した自慢の庭が一望でき、目と心を癒してくれる。
これほどの贅沢は二一世紀でも味わえないだろう。
「これも守山で採れる岩木のおかげね~」
しみじみとわたしは言う。
岩木はこの時代の呼び方で、二一世紀風に言えば、いわゆる石炭である。
実は守山の地には、巨大な石炭鉱床があるのだ。
まあ、採れるのは、褐炭という水分をけっこう含み大した熱量を生み出すこともできない品質の悪い石炭で、製鉄などの工業用には到底使える代物ではないのだが……
お湯を沸かす程度なら十分すぎるものである。
実際、明治から昭和初期には、家庭用の燃料として長く愛用されていたそうである。
それで下河原から毎日運搬してもらっている温泉を再度、沸かしてるという寸法だ。
朝から温泉が楽しめるなんて、は~~~、ほんと幸せ♪
そんなこんなで温泉を心行くまで堪能してから、わたしは身なりを整え、屋敷の居間へと向かう。
「「「おはようございます」」」
そこにはこの清州城の一番家老である林秀貞殿の姿があった。
他には、馬廻衆(わたしの護衛)筆頭・佐々成経、小姓衆筆頭・太田牛一、そして半年の間にメキメキ頭角を現し、小姓衆副頭にのし上がってきた川尻秀隆の姿もある。
特段何か緊急に話し合わねばならないことがあった……というわけではない。
わたしの一存で、奥州の独眼竜・伊達政宗のやり方を真似、朝夕の食事は交代制で家臣たちと一緒に食べることにしているのだ。
二一世紀の若者の間では、上司との飲み会なんてめんどいだけ! さっさと帰りたい!
という意見も多い。
まあ、出世する気のない、責任もない平社員で一生を終えるつもりなら、それでもいいと思うが、幹部ともなるとやはりそうはいかない。
ここは戦国時代、いつ何時、戦に駆り出されるかわからないのだ。
部隊間の連携は勝敗の鍵である。
部隊長クラスがお互いの事を知らずして、お互いへの信頼なくして、連携など取れようはずもない。
ゆえにこうやって、頻繁にコミュニケーションの機会を設け連絡を密にすることにしたのだ。
同じ釜の飯を食うことで、親睦が深まり家臣同士の連帯感も生まれる。
お互いの報告を聞くことで、情報の共有もできる。
平時には雑談に華咲かせることもしばしばで、お互いの人となりを知ることもできる。
そうすることで縦だけでなく、横の連携もできる風通しのいい組織にできるのではないか、というのがわたしの考えだった。
「「「「いただきます」」」」
一斉に唱和し、早速、わたしは箸を手に取る。
今日は、麦ごはんにアジの開き、豆腐の味噌汁と納豆に漬物と言う献立である。
この時代は白米は超高級品であり、精米せず玄米で食べるのが一般的なのだが、さすがにね、二一世紀を生きたわたしに毎日それはきつすぎる。
白米に麦や粟などを混ぜるのも、この時代にはよく見られる食べ方で、わたしは基本的に麦飯にして食べるようにしている。
こっちならほとんど白米と味や食感が変わらないし、水溶性食物繊維が豊富で太りにくいし、糖尿病予防にもなる。
家臣たちにしても――
「はああ、美味いっ! 麦飯万歳! ここに呼ばれこれを食するのが、最近の一番の楽しみでございます」
秀貞殿がしみじみと噛みしめるように言ったものである。
かように、私との食事では普段食べれない美味い麦ごはんが食べれるということで好評である。
おかずにしても、ゆきには二一世紀の調理法をいくつか指南してあるので他より抜群に美味く、なおさらごはんが進む事請け合いだった。
「ふふっ、そこまで喜んでもらえているなら何よりです。秀貞殿には本来わたしがやるべき仕事を請け負って頂いてますしね。こんなものでよければ、足を運んでくださればいつでも振る舞いますよ」
「それは非常に有難い申し出ではありますが、辞めておきましょう」
わたしの提案に、秀貞殿は眉をひそめ、いかにも苦渋の決断というふうに首を振る。
「あら、どうしてでしょう?」
「一番家老の私がいつもいては、他の者たちも萎縮しましょう」
「そんなことは……まあ、少しはあるかもですね」
「でしょう?」
「ええ」
こればっかりは、わたしも苦笑交じりに同意するしかなかった。
秀貞殿は勝家殿のように強面なわけでも、牛一のように正論DV気質があるわけでもないが、わたしの家臣たちからしたら雲の上の人だ。
それにあくまで信秀兄さまの家臣であり、わたしの直臣というわけでもない。
そりゃまあ、どうしたって緊張してしまうわなー。
「そういえば、城下町の様子はどうですか?」
あまり続けても気まずい話題である。わたしは早々に話を変えることにした。
実際、こういう報告を聞くための食事会でもある。
「益々活況です。先月もかなり人の往来が増えておりましたが、今月はその比ではございませぬ。今や熱田、津島に負けず劣らずの賑わいぶりです」
「へええええ」
熱のこもった秀貞殿の言葉に、わたしは思わず感嘆の声を漏らす。
いやまあ、ヒットはするだろうと思っていたのだが、まさかそこまでとは。
さすがにわたし一人の風呂の為だけに、褐炭を掘るのはあまりに非効率である。
何より風呂は日本人の心である!
そこで清州の町に先月オープンしたのだ。
いわゆる『銭湯』を。
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