第八話 天文十一年四月中旬『新居計画』

 エアコン――

 言わずと知れた、室温をコントロールする文明の利器の代表格である。

 あんな精密機械、電気もないこの時代に果たして作れるのか?

 実は作れるのだ!


 もちろんさすがに二一世紀並みの高性能は無理だけども、外気温より二~三度ぐらい室温を上げ下げするのは理論上、十分可能である。

 エアコンって実はそんなに複雑な仕組みをしていなくて、気体を圧縮したら熱が上がり、気体を膨張させたら温度が下がる(周囲から温度を奪う)、という物理法則を使っているだけなのである。


 じゃあ、電気の代わりに水車動力で水蒸気を圧縮し液体化しつつ、水を霧吹きスプレーの要領でまた水蒸気状態に戻す(膨張させる)循環機構を作ってしまえばいいのだ。

 前世で工業高校の生徒が水車でそういうの作ってる動画を見て、いたく感動したのをよく覚えている。

 冷媒は水なのでフロンガスに比べれば冷却効果ははるかに劣るが、別に冷凍庫を作ろうなんてわけでもない。

 この小氷河期時代、ヒートアイランド現象も当然なく、二一世紀みたいな猛暑日はまずそうそうない。

 外気温より二~三度下がってくれるだけで十分快適なはずだった。

 除湿は……とりあえず木炭でも部屋に置くことにする。

 そして冬は回路を逆にすれば、暖房機能にもなるという寸法だ。


 ついでの構想も語れば、室外機のほうでは熱を放出しているので、それを使って藁とか土とかで保温性高めた瓶の水を温めるようにすれば、さらにそこに蒸留酒製作のかまどでも併設してその熱も利用すれば、毎日好きな時にお風呂にも入れる、というエコ仕様も構想中である。


「そ、そんな夢のような事ができるのでございますか!?」


 じぃが驚愕に震えた声で言う。

 まあ、ここまでくるとほんと魔法みたいなものだしねぇ。


「さすがにこの夏に間に合わせる、なんてのは無理だろうけど、数年の内には出来ると思うわよ」


 人間というものは、ちょっとした気づきがあれば、そこを切り口にドミノ倒し的に物事を発展していける生き物だ。

 これは二一世紀の熾烈しれつな開発競争を思えば、よくわかることである。

 PCやスマホなど、開発当初は一年ごとにスペックが跳ね上がったりしていたものだ。


 この戦国時代においても、火縄銃の事からもわかるように、日本人は瞬く間に自らのものにし、様々な改良を加えている。

 鰹節や醤油、石鹸だって、まだまだ二一世紀のものには正直、質は及ばないけど、数年のうちに劇的な変化を遂げるだろう。

 パラダイムシフトを起こす画期的な何か・・・・・・に気づくまでは凄まじい時間を必要とするが、それさえ教えてしまえば、人は数年の試行錯誤の果てにそれなりのものを作ってしまえるのだ。

 だからエアコンだって、数年あれば名工岡部又右衛門がなんとかしてくれるに違いない(他人任せ)!


「それはなんとも楽しみですな。……しかし、この本丸御殿でそれをやるのは少々、難しいのでは?」

「ええ」


 じぃの問いに、わたしも頷く。

 城というと、二一世紀の人たちは巨大な白い何層もの巨大な建造物を想像するが、この時代の清須城は平城で、掘りと城壁の中に一~二階の平屋敷が立ち並ぶ感じの造りだ。

 本丸御殿とは、その中の城主の居住空間かつ、その地域の政庁――二一世紀風に言えば県庁とか市役所みたいなもの――となる場所である。

 当然、その近くにはいくつもの屋敷が併設されており、エアコンシステムを新たに置けるようなスペースはさすがになかった。

 二一世紀のものより相当大掛かりなものになるだろうしね。


 さらに言えば、わたしはまだまだ色々開発をする予定である。

 その実験場として、そこそこに広い敷地を確保する必要もあった。


「だから、空地になってる縄張りの南東あたりに、わたし用の屋敷を新設するつもりよ」


 縄張りとは、城の区画のことである。

 水車を使う以上、五条川の上流部分に居を構えたほうが水の力を利用しやすいというのが主な理由である。

 電気などないこの時代、人力には限界があるし、水力という自動の無限エネルギーを動力として使わねばやってられなかった。

 さらに言えば、


「わたしは所詮、城代だからね。本丸御殿に我が物顔でいたら、良い顔をしない人たちも多いでしょうし、丁度いいかなって」

「なるほど、確かにそのほうがよろしいやもしれませぬな」


 じぃも、苦笑いとともに頷く。


 清州城には守護である斯波家代々の臣も少なからずいる。

 他にも、女だてらに、と口さがなく言う連中も多分いるだろう。

 その辺の雑音をシャットアウトする意味でも、城の外れに居を構えておいたほうが無難というものだった。

 特に権勢を振るいたいわけでもないし、ね。


「というわけで、ゆき。旦那さんにはまた頑張ってもらうわよ。寂しい想いさせてるかもだけど、その分、御給金は弾むから許してね」

「ふふっ、好きにこき使ってくださいな。うちにいてもゴロゴロしてるだけの宿六なんですから」


 ゆきもくすっと笑って返す。


 そう言ってもらえると本当に助かる。

 作りたいものはそれこそ山ほどあるからね。


 その為には当代の名工、岡部又右衛門の力はどうしても必要不可欠だ。

 そこに伝手を持てたわたしは、正直ついているというしかない。

 あ~、ん~。


「ねえ、ゆき。旦那に、正式にわたしに仕える気はないか聞いてみてくれない?」


 よくよく考えてみれば、又右衛門にはここ最近ずっと、わたしが注文した仕事にかかりきりなのよね。

 もうそれしかしてないというか。

 だったらわざわざ外注するより、雇ったほうがいいと思ったのだ。


「仕事は今まで通り、わたしが頼んだものを作ってくれてたらいいわ。もちろん戦には出なくていい。知行一〇〇貫、作事方の職を用意し、役高として別途二〇〇貫文を出すわ」


 作事方とは、大工作業を司る役人のことである。

 まさに適職と言えよう。


「う、うちの宿六にそんなに!?」


 ゆきが驚きに目を剥く。


「妥当な額だと思うわよ?」


 年間六〇〇万円分の収益が上がる土地に、別途年二四〇〇万円のお給料。

 確かに我ながら奮発したと思うが、又右衛門の働きを考えればそれぐらいもらって当然だと思う。

 なにせ彼がいなければ、出来ないことがそれこそいっぱいあるのだから!


「それに安全のためにも、城内に居を移したほうがいいと思う。彼はもう色々、知りすぎているから」

「あっ……そ、そうですね」


 はっとなり、ゆきは顔色を青ざめさせる。


 又右衛門はまだ開発中のも含めて、様々な機密を知ってしまっている。

 今はまだ大丈夫だと思うけど、今後、それを手に入れるために他家から狙われる可能性は十分にある。

 申し訳ないとは思うが、だからこそなんとか安全を確保したかった。


「士分になれば、腕の立つ護衛も付けれるし、ね」

「わかりました。何が何でも説得します!」


 ゆきが決意の表情とともに、力強く請け負ってくれる。

 なんだかんだこの夫婦、ラブラブだし。

 愛する妻の懇願に、又右衛門も否とは言えないだろう。


 こうしてまた一人、我が下河原織田家に優秀な臣下が加わったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る