第一〇話 天文十一年四月下旬『賭け事にはご用心』
「うむ、やはりはるとやらが作るプリンが一番じゃな」
信秀兄さまはうむうむと満足げに頷く。
わたし用のプリンをパクつきながら。
まあ、はるのプリンは絶品だからなぁ。
すでにプリンの作り方は、信秀兄さまの料理人にも教えているのだけど、はるは甘味を作る事に関しては特にセンスがずば抜けているのよね。
「それで……人払いして、どんな話でしょう?」
ここ清州城の本丸御殿の表書院には、すでにわたしと信秀兄さましかいなかった。
来客応対用の広々とした部屋である。
だからこそ逆に、部屋の外から聞き耳を立てても聞き取れないという寸法である。
「なに、貴様の下に季光を付けた理由を教えておこうかと思ってな」
言って、信秀兄さまはパクリと最後の一口を食べる。
「スサノオの巫女に箔を付けるため、だけではない、と?」
「うむ。それも理由の一つではあるが、最大の理由は貴様に民の信仰を集めるためじゃ」
「信仰~~~!?」
心底嫌そうに、わたしは顔をしかめる。
ありがたや~ありがたや~とか拝まれるってことでしょ?
超勘弁して欲しい。
けどまあ、それで信秀兄さまの狙いにピンとくるものがあった。
「……一向宗、ですか」
「ほう、これだけでそこまで察したか、さすがよの」
我が意を得たりとばかりに、信秀兄さまはにやりとほくそ笑む。
一向宗――
親鸞を宗祖とするいわゆる浄土真宗のことであるが、その中でも特に本願寺教団を指す呼称である。
ひたすら「南無阿弥陀仏」と唱え続ける姿から、この時代、一般的にはそう呼ばれている(一向とは「ひたすら」「一筋」という意味合いである)。
そして、この戦国時代において、最も過激で危険な宗教団体だった。
まず南無阿弥陀仏と唱えればいいだけというシンプルさが民衆に受けて、門徒の数が凄まじく多い上に、南無阿弥陀仏と唱えれば天国へ行けると信じているから死を恐れない。
つまり……死を恐れないバーサーカーの群れが大量発生するのである。
すでに五〇年ほど前には、加賀守護である富樫政親を滅ぼし国を奪い取っており、その恐ろしさは広く知れ渡っている。
国を治める者としては脅威以外の何物でもなく信秀兄さまが、なんとかしたいと思うのは必然と言えた。
ただ――
「わたしに信仰を集めて、領内の一向宗門徒たちに宗派替えを促し、その勢力を減じる。狙いはそんなところです? あんまり上手くいくとは思えないんですけど」
というのが正直な感想だった。
言い方悪いけど、死をも恐れぬガンギマリの狂信者たちを、わたしごときの魅力で改宗させる?
むり無理ムリ無理!
そりゃまあ織田家は美形揃いで、わたしもけっこう顔立ちは整ってるっぽいけどさ、しょせんは八歳の子供である。
転ぶ男などせいぜいロリコンぐらいで、一向一揆の勢力を減じるレベルでとかさすがに荒唐無稽にもほどがあった。
「そうか? 儂はけっこう上手くいくと思うておるんじゃがな」
「え~~? そうですかぁ?」
信秀兄さまは自信満々な様子だが、わたしはどこまでも懐疑的だった。
一向一揆って、軍神上杉謙信もひたすら手を焼き、三英傑の一人、徳川家康を三大危機の一つと言われるほどに追い詰め、もう一人の三英傑、織田信長さえも、一向宗との抗争には一〇年以上の長きに渡り苦しめられたぐらいよ?
正直、そんな簡単にどうにかできる連中とは到底思えないんだよなぁ。
「ほう、では賭けるか?」
「賭ける?」
「うむ、儂の手の者に、貴様を信仰する教団を新たに作らせる。そこの氏子が一年で一万人を超えるかどうか、じゃ」
「はあ……」
心の底から気のない返事を、わたしはする。
そりゃそうである。
そんな自分を崇拝するわけのわからん教団を作るとか言われて、乗り気になれるわけがない!
正直、気持ち悪い以外の何物でもなかった。
でも、信秀兄さまはなんか俄然やる気だし、止められないんだろうなぁ。
はあああああ……。
「どうじゃ、乗るか?」
「そんな賭け、全然興味ありま……いえ、乗りましょう」
疲れた声で断ろうとしかけたところで、気が変わった。
いいこと思いついた。
「ほう?」
「わたしが賭けに勝ったら、その教団を解散してください」
これだ、って思った。
そんな気持ち悪い
たとえこれが無理でも、せめて信仰の対象をわたしから別の何かに切り替えさせる。
そうすれば、わたしも心穏やかに過ごせるというものだった。
「ふむ、いいじゃろう。では儂が勝ったら、貴様には氏子たちの前で神楽でも奉納してもらうとしようかの」
「ええ、ええ、その時はいくらでも歌って踊ってさしあげますよ!」
売り言葉に買い言葉で、わたしは宣言する。
まあ、絶対にそんなこと、あり得ないしね。
二一世紀、人口が一億二〇〇〇万人いてさえ、ユーチューブでチャンネル登録者数一万人にするのも、けっこう大変なわけですよ。
少なくともわたしは出来なかった!
尾張の石高は五〇万石弱。つまり、人口も五〇万弱ということである。
その中から一万人の信者を獲得するっていうのは、単純計算でユーチューブで二四〇万人の登録者を作る事並みに難しいって事だ!
しかもたった一年で!
こんなんどう考えたって、わたしの勝ち確である。
おーほっほっほっほっほっ!
残念でしたわね、信秀兄さま。
この賭け、もらいましたわ!
……なんてこの時は勝ち誇って安心していたのだが、この賭けに乗ったことをわたしが心底後悔することになるのはまだ先の話である。
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