第五話 天文十一年三月下旬『SSR武将の片鱗』
「くああああ、また負けた!」
バタンっと成経が後ろにのけぞり、そのまま板の間に倒れる。
成経はわたしの賦役にして下河原織田家の家宰、じぃこと佐々成宗殿の次男である。
わたしの護衛を務める剛の者であり、その勘働きは比類なきものではあるのだが、
「ふっふっふっ、これでわたしの八連勝ね」
じゃらじゃらと駒を手の中でいじくりながら、わたしはこれでもかと勝ち誇る。
そう、わたしたちが指しているのは将棋である。
二一世紀現在の将棋は本将棋といって、一五~十六世紀に誕生したと言われている。
つまり、まさに『今』だった。
そして我が下河原織田家では最近、空前の将棋ブームが巻き起こっていた。
というか、わたしが流行らせた。
だって戦国時代、当たり前だけど、テレビもネットもスマホもないからね。
家の中での遊びって、どうしてもオセロとか将棋とか囲碁とかのボードゲームがメインになってしまうのだ。
でも、やるからには相手がいるからね。
というわけで女中や家来たちに片っ端からルールを教えて指していたら、いつの間にかすっかりみんなハマってしまったという次第である。
「くっそぉ! もう一局だ、もう一局!」
そして家来たちの中で最もハマっているのが、この成経である。
まあ、主人と護衛って関係上、必然的に一緒にいる時間も長く、指すことが多かったからだろう。
結果、すっかり将棋の魅力の虜になってしまったらしい。
「別にそれはいいんだけど、その前にコツとか教えてあげよっか?」
このままだと正直、わたしの相手をするには役不足もいいところなのよね。
一応、前世では趣味でけっこう指していたし。
「いーや! 聞かねえ! 俺は俺の力だけであんたに勝つ!」
あーあー、すっかり意地になっちゃって。
負けず嫌いで男の子っぽいと言えば男の子っぽいんだけど……
「勘だけで勝てるほど、将棋は甘くないわよ?」
「御託はいいから、勝負だ勝負!」
「はいはい」
頷き、再び盤面に向き合い――
「ぐ、ぐぬぬぬぅ……」
再び、わたしの圧勝に終わる。
まあ正味ね、才能だけなら多分、わたしより成経のほうが上だとは思う。さすがの嗅覚で、しばしばはっとするような一手を打ってくるし。
ただそれでも――
「今のままでわたしに勝とうなんて、四〇〇年早いわ」
わたしはきっぱりと言い切る。
そして、これはまごうことなき事実である。
わたしも前世で趣味として将棋を多少嗜んできた身、もちろんプロには遠く及ばないけど、四〇〇年先の戦術や定石をいくつか知っている。
いかに成経にセンスがあったところで、天才たちが四〇〇年研鑽に研鑽を重ね作り上げた戦術や定石を、たった一人の発想で上回ろうなんて、土台無理な話なのだ。
「姫様、稲葉地の陳情をお持ちしました」
そこに先日雇った川尻秀隆が現れる。
ああ、今日の当番小姓は秀隆か。
我が下河原織田家の家臣は基本的に皆若い。
一日ごとに交代制で小姓――現代風に言うなら雑用係兼秘書をやらせているのだ。
「そう、じゃあ、いつものように読んで要点をまとめておいて」
「はっ」
秀隆は小姓用の机に座り、言われた通りに陳情の書状を広げ読みだす。
……一応言っておくけど、別にわたしが自分の仕事をサボって、秀隆に任せているとかそういうわけではないからね?
これはれっきとした教育なのだ。
政治の要諦は、富の再分配である。
あっちを立てればこっちが立たず、なんて事はしょっちゅうだ。
全部やれればいいけど、資金も労力も限度があり、ゆえにやらなくちゃいけないことにはおのずと優先順位がある。
結局、最終的にはわたしが全文確認し、わたしが全責任を負う形で決済するわけだが、そういう責任がまだない中で、そういう広い視野で物事を考える癖をつけてほしくてやらせていた。
実際、一度リーダーをやらせて、『リーダーの視点』というものを否が応でも意識させるようにすると、視野が広がり仕事能力が上がることが多い。
二一世紀の企業などには、これを新人教育に取り入れてるところもあると聞く。
戦国時代でも、優秀な若者を小姓として取り立ててそばに置くのは、こうして幹部候補生を鍛える為もあるのだろう。
「あっ、そういえば椎茸って今どうなってるか知ってる?」
ふっと思い出したように、わたしは成経に尋ねる。
椎茸ってヘルシーな上に食感も良くてわたし好きなんだけど、この時代、二一世紀の松茸並みの高級食品なのよねぇ。
そういうわけで、木材加工の時に出るおがくずに肥料を混ぜてそこに種菌を植えりゃ即席栽培できる! という雑な知識で家庭菜園してみたのだが……
正直、結果はあまり芳しくなかった。
まあ、最初から上手くいくほど殖産が簡単なものではないことは百も承知だ。
試行錯誤あるのみ、と思ってはいるのだが、他の仕事も色々あって、最近は金森長近に任せっきりになっていた。
「いや、特に聞いてねえ」
将棋の駒を並べながら、成経は返す。
まだやる気なのか、負けず嫌いだねぇ。
「そっか。じゃあ、今度聞い……」
「肥料の配合を色々変えて試しているそうですが、そのうちの一つがなかなかいい感じだと長近殿が仰っておりましたよ」
わたしの言葉にかぶせるようにそう答えたのは、小姓机で仕事していた秀隆である。
聞いてたのか。
凄いな、わたし文章仕事している時に、他人の話なんてとても聞けないぞ。
「へええ、なるほどなるほど。原木式についても知ってる?」
この時代、椎茸が馬鹿高いのは、希少なことももちろんだが、僧侶の精進料理のだしとして使われるからである。
苗床式は大量生産には向いてるけど、香りの面では、天然ものに比べかなり劣ると言わざるを得ない。
それでは粗悪品として高くは売れないので、売り物用として香りの強い原木式も栽培しているのだ。
「そちらは今のところは変化はないとのことです」
「そう、まあまだこの時期なら変化がないのが順調の証、かな」
むしろ何かあったらトラブルが発生したってことである。
何もないならよきかなよきかな。
「ああ、長近といえば、あいつの組の小者が結婚するとか言ってたな」
成経が思い出したように言う。
「ええっ、誰よ?」
「さあ、そこまでは聞いてねえ」
「そこは聞いておきなさいよ」
上の者として、ご祝儀ぐらい包んであげないとね。
わたしが目指すのはホワイトな職場なのだから。
「日比津村の助兵衛ですね」
これまた返してきたのは、秀隆である。
まだ家臣団に加わって日も浅いのに、もう他人の下にいる小者の名前まで覚えてるとか普通に凄い。
「ちなみに奥さんの名前とかわかる?」
「らん、だったかと」
「なるなる、ありがとう」
この対局が終わったら祝辞をしたため、ご祝儀を包んであげよう。
こういう時にケチると、人望をなくすしね。
しっかし、秀隆くん、打てば響く、とはこの事だなぁ。
何聞いても、スラスラと返ってくる。
さすがはSSR武将と言ったところか。
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