第四話 天文十一年三月下旬『SSR武将、川尻秀隆』
「家臣の数が明らかに足りませぬな」
「まあ、そりゃそうよねぇ」
難しい顔でつぶやくじぃに、わたしも溜息とともに頷く。
家臣の数は、下河原・日比野一二五〇貫の知行に適した人数に絞っている。
それがいきなり三倍近い知行になったのだ。
家臣が足りなくなるのはそれはもう必然の理というものだった。
「じゃあ、また募集をかけるとしますか」
と、言うわけで尾張国内に触れを出したのが、清州の戦いの褒美として新領地を賜った翌々日のことである。
清州の戦いでまあまあ名声を挙げたこともあり、仕官を求める者が殺到した。
有難いことである。
「川尻秀隆と申します」
そして、わたしの前で礼儀正しく一礼した少年が、今回の目玉の一人である。
第一印象は、とにかく美少年! であった。
いやもうめちゃくちゃ顔立ちが整っているのだ。
年の頃は一五歳前後といったところだろうか。
二一世紀ならトップモデルか、普通に某アイドル事務所で人気になっていそうなレベルである。
信長との間に衆道を匂わすような文書がいくつか二一世紀にも残っているのだが、これは確かに信長もお熱になりそう。
「わたしの顔に何か?」
じっと自分の顔を見つめるわたしに、秀隆殿は訝しげに問うてくる。
おっと、ちょっと凝視しすぎたか。
「いえ、別に何でもありません」
「ほっほっ、見惚れましたかな? 確かになかなかの美丈夫ですからのぅ」
隣に座るじぃが、からかうように言う。
「そうですね、眼福ではありました」
わたしは淡々と澄ました顔で返す。
確かに凄い美形だとは思うし、目の保養としてはいいと思うのだけれど、前々世で夫に何度も先立たれた身としては、こういう線の細い美形は正直好みではないのだ。
すぐぽっくり逝っちゃいそうで。
「容姿を褒めて頂けるのは大変有難いのですが、能力で判断して頂きたく」
落ち着いた玲瓏たる声で、秀隆殿は言う。
声までイケボかよ。天は二物を与えるなぁ。
いや、二物どころではない、か。
その能力にも、それだけ自信があるのだろう。
さもありなん。
川尻秀隆――
知名度だけで言えば、織田四天王に及ばず、某ゲームでも中堅どころといった渋い能力値ではあるが、信長からはかなり高く評価された人物だった。
信長の親衛隊『黒母衣衆』の筆頭を務め、様々な戦いに参戦し、多大の戦功をあげている猛将である。
嫡男である信忠が元服すると、その副将を任されている。
名目上は副将だが、信忠はまだ右も左もわからぬ若輩者、そして信長は信忠に「秀隆を父と思え」とその指示に従うよう厳命もしており、秀隆こそが信忠軍団の結成当時の実質的な大将だったと言えよう。
甲州征伐後には、甲斐二二万石を与えられ、国持ち大名にも取り立てられている事からも、その功績がいかにでかかったかがわかる。
本能寺の変後のごたごたで運悪く殺されてしまったが、もし本能寺の変がなければ、次代の信忠政権では重鎮となることは疑いなく、もしかすると四天王並みの知名度を得ていた可能性もある、間違いなくSSR級の名将だった。
よくこんな凄い人がうちに来てくれたよ!
こんなん絶対採用ですよ。
とはいえ、それを顔に出したら変な子である。
「勿論。武士は顔ではなく、その能力で判断します」
口元がニマニマしそうになるのを抑え、なんとか澄ました顔を繕って言う。
続けて、
「元々、織田信友に仕えていたみたいだし、一通り礼法も武芸も心得があると見込んでるんだけど、どう?」
そう、実はこの人、先日、逆賊として磔刑に処されたあの織田信友の家臣だったのである。
元々、信友の重臣に川尻与一って人がいて、その一族の伝手で仕えていたらしい。
けど、その信友をわたしたちが討伐しちゃったから仕え先がなくなってしまい、こうしてわたしなんかのところに士官してきてくれたということである。
「はっ、人並以上にはできると自負しております」
なんとも謙遜した物言いである。
小豆坂の戦いでは今川氏の先陣を務めた足軽大将由原を一騎打ちの末、討ち取っている。
織田信行を謀殺する時の実行犯を任されているし、堂洞城攻めでは激戦の中、本丸に一番乗りもしている。
他にもいくつも武功を上げている。
どう考えてもこれ、人並どころの話ではない。
武芸だけを見ても、うちで一番の成経よりさらに強いかもしれないレベルだった。
「よし、採用!」
「……随分即断ですね?」
秀隆殿は目を瞬かせたあと、なんともいぶかしげに眉をひそめる。
ううっ、さすがに拙速すぎたか。
でもめちゃくちゃ欲しいんだもん! SSR武将!
いや、人をキャラ扱いするのは先代武衛様の件で凝りてはいるし、ちゃんと実在している人間だって思っている。
だがそれはそれとして、やっぱね、優秀な臣下ってのはもう喉から手が出るほど欲しいわけですよ!
わたしが楽するために!
「信秀兄さまの野心は、すでに三河に向いています。数年のうちにまた戦となるでしょう。腕に覚えのある者が、今は一人でも多く欲しいのです」
とりあえず誤魔化すために適当に思いつきで語ったが、別に嘘というわけでもない。
何の因果か、今世のわたしはすでに知行三五五〇貫の大身領主だ。
絶対その折には兵を動員することを求められるだろう。
その時、屈強な猛者がそばにいてくれれば、これほど心強いことはない。
「なるほど、守護代様が居を鳴海に移されると風の噂で耳にしましたが、やはりそういうことでしたか」
秀隆殿が納得したように、小さく頷く。
わたしは思わず目を瞠った。
「へえ、今の一言で、そこに結び付けられるのね」
「それほどのことではございません、ちょっと考えればすぐ導き出せることかと」
「いやいや、それほどのことよ? というわけで採用」
我ながら強引とは思ったが、それぐらい欲しいのだ!
実際、慧眼であることは、確かだった。
この時代、本拠を移すってそうそうあることじゃない。
武田信玄だって上杉謙信だって毛利元就だって、領域を広げても居城を変えることはなかった。
ぶっちゃけやったのは織田家の関係者ぐらいなもので、実は戦国時代にあっては異例中の異例な事だったのだ。
後世になって結果を知った後にそういうことだったのかって分析するのは簡単だ。
でも、リアルタイムである現時点で、その有用性に気づけてるあたり、やはり頭のほうも相当キレるというしかない。
さすがは後世の信忠軍団の実質的大将と言ったところか。
「あと川尻氏って醍醐源氏の流れを汲む名門よね? というわけで採用!」
この時代、信長が平氏を名乗ったり、家康が源氏を名乗ったりと、何気に家柄がめちゃくちゃ重要だったりする。
そう、この人、信長に家康、秀吉という三英傑が喉から手が出るほど欲しがったものまで、ちゃっかり持っていやがるのだ。
「ふふっ、私の何がそこまでお気に召したのか少々測りかねますが、そこまで望まれてはもはや嫌とは言えませんね。この川尻秀隆、貴女にお仕えさせて頂きます」
よっしゃああああ!
虚仮の一念岩をも通す。
頭がいい人には、変な小細工を弄すよりも、意外と誠意や熱意を示すほうがいい時もあるのだ。
こうして顔◎、政務能力◎、武力◎、統率力◎、家柄◎。
属性盛りすぎSSR武将、川尻秀隆が新たに我が旗下に加わったのであった。
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