第四話 天文一〇年(一五四一年)一〇月上旬『復讐計画。そして……』

「まず考えつくのは誰かを雇って誘拐、かしら?」


 部屋に戻るや、わたしは早速、犯行計画を練り始めていた。

 即断即決、思いついたら即実行。

 それがわたしである。


 できれば自分一人でやりたいところだが、所詮、七つの女の子だからね。

 実力行使は、ちょっと難しい。

 やはり人の力を借りる必要があるだろう。


「庄内川の川原で衆人環視が望ましいけど、この際贅沢は言わないわ。どっかの農家の納屋を借りて、そこで逆さはりつけね」


 夜誰もいない空間で独り死が近づくのに怯えるのだ。

 どんなに苦しくても泣き叫んでも誰も来ない。

 助けてくれない。

 あの三日三晩の絶望を、ぜひ信長にも味わってもらいたい。


「……三日三晩かぁ」


 その間、誰にも気づかれずにってのは、ちょっと厳しいよなぁ。

 曲がりなりにも、信長は織田弾正忠家の嫡子だし、行方不明ともなれば領内を大々的に捜索とか行われそうである。

 そうなったら当然、わたしも主犯として捕まって……


 ぶるぶるっとわたしは身体を震わせる。

 ヤバいヤバい。

 これ、どう考えてもわたしのほうが逆に逆さ磔にされるパターンだ。


「この案は却下ね」


 やるならまず身の安全を確保してからだ。

 あの刑に処されるのだけは、もう二度とごめんである。


 うん、なんか磔にされる自分を想像したら、ちょっと冷静になってきた。

 ぷしゅるるるるっと自分の中の怒りが急激に抜けていくのを感じる。

 昔から熱しやすいけど冷めやすいのよね、わたしって。


「まあでも、逆さ磔にするかどうかは別にして、あの馬鹿をどうにかしておきたくはあるなぁ」


 あんな奴が当主じゃ、いつまた処刑されるかわかったもんじゃない。

 正直、何が地雷かまるでわからないし、そのくせ感情的に暴発するし。


 あいつの一挙一動にいちいちビクビクするなんて人生、まっぴらごめんである。

 とりあえずなんとか織田家当主の座ぐらいは剥奪しておきたい。


「あっ、そうだ!」


 信長の敵対勢力に付き、こっそり支援するというのはどうだろう?

 差し当たってはまず、信長の実弟、織田信行あたりだろうか。

 確か信秀兄さまの死後、織田家の当主を巡って対立するはずだ。


「うん、これいい案かも」


 信長は勝利こそしたものの、けっこうギリギリの戦いを強いられたと記憶している。

 わたしの行動いかんで勝敗が覆るなんてことも、十分有り得そうだ。


「となると、やっぱり神託の信用を高めるのが最善ね」


 うんとうなずく。


 いくつも的中させて神託の信ぴょう性を上げた状態で、「跡継ぎは信行こそ相応しい」とか言えば、信秀兄さまは信長を跡継ぎ候補から外して、信行を跡継ぎに指名してくれるなんてこともあるかもしれない。


 そこまでいかずとも、いざ兄弟対立となった時、史実では信長に味方した人間で、信行側につく者も少なからず出てくるだろう。

 敵の味方を削り、自身の味方を増やす、まさに一石二鳥、いや婚姻の自由を得る意味でも使えそうだし、一石三鳥のナイスアイディアである。


「……でもこの先、あんまり大きな事件ないのよね……」


 実際はあったのかもしれないけれど、当時のわたしは子供である。

 ぶっちゃけほとんど覚えていないのだ。


 二一世紀で学んだ知識として、一五四三年の鉄砲伝来と、一五四五年の川越夜戦などは覚えているけど、尾張からは遠方過ぎてちょっとパンチが弱い。

 一五四七年には加納口の戦い、一五四八年には小豆坂の戦いと、尾張でも大きい戦があるんだけど……その辺りにはもう、わたし結婚させられてるしなぁ。


 信秀兄様に伝えた予言だけでは、ちょっと結婚回避や発言力を高めるという点ではまだ弱いだろう。

 ん~~~~~。


「とりあえず、この時代にないものを作って、神託があったってことにするか」


 わたしはパンッと手を打ち鳴らす。

 前世でつやの頃の記憶のあったわたしは、これ戦国時代だったらどうするんだろう? って想像することがけっこうあったのよね。

 それらを実践するいい機会だった。


「よし、そうと決まればまずは市場調査ね!」


 すでにもうアイディアはいくつか思い浮かんでいるが、技術的にも資金的に作れるものは限られている。

 この時代に何があって何がないのかも、よくわかっていない。だってわたし、つやの頃は姫様育ちだし、そういうのにちょっと疎かったのだ。


 この時代にちゃんとあるもので、この時代の技術で作れて、この時代の人々が必要としていて、かつそのアイディアに皆がびっくりするもの。

 それを見定めるには、やはり直に人々の暮らしぶりを見て回るしかない。

 そんな強い決意とともに、わたしは意気揚々と城下へと向かおうとし――


「なりませぬ、姫様。お一人で城下に出るなど危険すぎます」


 門番に却下されてしまった。

 少し押し問答してみるも、全く通してくれる気配がない。


 そっか。そういえばそうよね。

 ついつい二一世紀の感覚だったけど、ここは戦国時代。

 こんないかにも裕福な身なりの子供がひとり町を歩いていたら、誘拐してくれって言ってるようなものである。


「ねえ、ゆき。明日、城下に出たいんだけど、付いてきてくれない?」


 自室に戻ったわたしは早速、側仕えの女中に声をかけてみた。


 ゆきは年の頃は二五歳前後、落ち着いた雰囲気の女性である。

 乳母として生まれたばかりから仕えてくれている、わたしが最も信頼しているひとだ。


「まあ、お珍しい。どうされたんです?」


 ゆきが驚いたように目を見開く。

 まあ、前世の記憶が蘇る前のわたしって、外より部屋の中で遊ぶのが好きなインドア派の子供だったからね。

 いぶかしむのも無理はないか。


「別に、ちょっと興味が湧いたの」

「そうでございますか。ここ数日は何やらふさぎ込んでおられたようですし、吉法師様の件もございます。気晴らしには丁度いいかもしれませんね」


 うんっとゆきが頷いてくれる。

 よっしゃあ、これで外に出れる。


「とは言え、さすがに私一人では心もとないですね」

「はいはーい、じゃああたしも行きまーす」


 陽気で調子のいい声が割り込んでくる。


 彼女ははる。

 年は一六歳。昨年から行儀見習いも兼ねて城仕えとなり、わたしの担当になった子だ。


「貴女、仕事をサボりたいだけでしょう?」

「それは否定しません。そっちのほうが明らか楽しそうじゃないスか」


 臆面もなくきっぱり言い切るあたり、バカ正直である。

 おいおい、もうちょっと言葉を選ぼうよ。


「はぁ、貴女って子は……」


 ゆきが額を押さえながら、疲れたようにため息をこぼす。

 教育係でもあるゆきには、はるのこの奔放さはまさしく頭痛の種といったところか。


 まあ実際、前々世でははるのこういうところがわたしもカチンと来て解雇してるしなぁ。

 ただ、わたしも人生経験を経て成長したのだろう、逆に今は好ましくさえ感じていた。

 こういう子は確かに気遣いとかはできないけど、裏もないから実は付き合いやすいのよね。


「だいたい若い女の貴女が加わったところで、余計にカモに見えるだけでしょう」

「ご安心を! これでも薙刀を嗜んでて、そこらへんの男には負けません」


 言って、はるはビュンビュンっとエア薙刀を振る。

 うん、けっこう様にはなっている。

 ただまあ所詮エアなので、あの細腕で今の動きができるのかはちょっと疑問だけど。

 そんな彼女に、ゆきはまた疲れたような嘆息とともに首を振り、


「見た目の問題です。姫様の安全を考えれば、ごろつきを退治できるだけじゃ足りません。そもそも寄せ付けないようにしないと」


 確かに彼女の言う通りだった。

 喧嘩になった時点で、わたしを危険に晒す行為だ。敵が複数って可能性もあるし。

 まずトラブルに巻き込まれないようするってのが防犯としては最善である。

 はるが同行者だと、うん、トラブルが逆に増えそうね。


「じゃあ、ゆき、詰所に行って護衛を一人、回してもらえるようお願いしてきてくれる?」


 あんまり仰々しいのは好きではないが、仕方がない。

 市場調査はやっぱ必要だからね。


 そう言えばわたし、前々世では結局、城にこもりっきりで一度も熱田にいったことなかったっけ。

 どんなとこなんだろう。


 あー、明日が楽しみだなぁ。

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