第三七話 天文十一年三月上旬『信友の末路』

「まさか貴方がたをこうして見下ろす日が来ようとはな」


 占領した清州城の中庭にて、信秀兄さまは縄で縛られござに正座する達勝様、信友親子に何とも言えない哀れみの眼差しを向ける。


 遠縁とは言え間違いなく血の繋がった親戚であり、主筋でもあった二人だ。

 色々思うところがあるのだろう。


「達勝殿。貴方とは一応、主従の関係にあり、一時は義父と仰いだ方でもある。殺すのは忍びない」

「お、おお!」


 生気のなかった達勝の顔に、喜色が浮かぶ。

 殺されるかもと覚悟していただけに、ほっと安堵したのだろう。


「お主は昔から優しい男じゃったな。儂は信じておったぞ」

「貴方には二つの選択肢がある」


 助かるとわかった途端、調子のいいことを言い出す達勝様に、信秀兄さまはしかし、表情一つ変えず冷たく突き放すように二本の指を立てる。


「一つ。儂を養子に迎え、尾張守護代の地位を即刻明け渡し、古渡城の一角に蟄居ちっきょしてもらう」


 蟄居とは外出を禁止し、部屋に閉じ込めることをいう。

 元の身分に相応の部屋や、周りの世話をする者はあてがわれるので暮らし自体は問題ないが、言ってしまえばただの幽閉だ。

 これからの余生をずっと一つ所に留まるというのは、なかなかにつらいことではある。


「二つ。これを拒否するのであれば、武衛様暗殺の共謀者として処断する」

「一つ目! 一つ目じゃ! 守護代はおぬしに譲る!」


 信秀兄さまの言葉にかぶせるような即決即断だった。

 まあ、死と幽閉の二択だったら、普通は考える余地もないわよね。


「物分かりがいいようで助かる。勝家、連れていけ」

「はっ。達勝様、お立ちください。古渡城まで護送させていただきます」


 勝家殿が達勝様を中庭から連れ出していく。


 残された信友が、捨て犬のような目で養父を見送る。

 殺されるかどうかの瀬戸際で、唯一の味方がいなくなるのだ。それは不安で不安で仕方ないのだろう。


「さて、信友」

「っ!?」


 冷たく名を呼ばれ、信友はビクゥッ! と身体を大きく震わせ、おそるおそる信秀兄さまのほうに顔を向ける。

 そんな信友を、信秀兄さまは感情のない目で見下ろし、淡々と告げる。


「その方は主君である斯波義統様を自らの保身の為だけに弑した。その罪、到底許されるものではない。市中引き回しの上、磔刑に処す!」

「~~っ!」

 覚悟はしていたのだろうが、いざ言い渡されるとショックではあったのだろう。

 ただでさえ青ざめていた信友の顔が、今にも倒れてしまいそうなぐらい蒼白になる。


 でもまあ、因果応報ではある。

 まっとうな大義があるのならいざ知らず、信秀兄さまが告げたように、自らの保身の為だけに主君を殺したのだから。


「信秀! いや、信秀様! ゆ、許してください、で、出来心だったんです!」


 ガバッと地面に額をこすりつけて、信友は懇願を始める。


 そのあまりの稚拙さに、わたしは思わず呆れざるを得なかった。

 まだ領民や腰元などを誅殺したとかなら、今の時代それも通るかもしれないが、主君を手にかけて「出来心だったから」など通用するはずがない。

 子どもの言い訳のほうがまだマシだった。


「お前、いや、貴方様に敵わない事はもうわかりました! これからは心を入れ替え、家臣として心よりの忠節を誓います。だ、だから命だけは!」

「貴様のような短気で粗暴な馬鹿は、家臣にいらん。邪魔だ」


 信秀兄さまは失笑とともに吐き捨てる。

 自分がまだ役に立つと思っているのが、滑稽だったのかもしれない。


「で、では義父上と同じ蟄居で! いや、追放でもいいです! だ、だから命だけはっ!」

「貴様だけは救えんよ、信友。せいぜい処刑までの間、自らのしでかしたことを悔いるがよい」

「~~っ! 俺が主殺しだというのなら、お前だってそうなるぞ!?」


 命乞いが聞き入れてもらえないとなると、今度は逆切れし始める信友。

 先程の「心よりの忠節」とはいったい? である。

 和紙並みに薄っぺらいものだったことは間違いない。


「同じ織田の一族ぞ!? 親族を殺すなどお前に人の心はあるのか!? 幼い頃は一緒に遊んだこともあるだろう! そんな俺を殺すと言うのか!? この人でなし! 鬼畜!」


 今度は、良心に訴えかけながらの罵倒。

 どうしてこういう奴らの追い詰められた時の反応というものは、こうもテンプレなのだろう。

 自分たちの方がよっぽど良心などないのに、恥ずかしげもなく平気でそういうことを口にする。


「もう連れていけ。聞くに堪えん」


 うんざりとした声とともに、信秀兄さまはしっしっと犬を追い払うように手を振る。

 わたしも全く同感だった。

 もう一秒とて、この妄言を耳にしていたくはなかった。


「親族殺しは地獄に落ちるぞ、信秀ーっ!」


 そんな捨て台詞とともに、信友は中庭から連れ出されていく。

 最後の最後まで、どこまでも見苦しい男だった。


 これから彼は市中を引き回され、衆人環視の中で散々恥を晒した後、磔刑に処されることになる。

 斬首のように苦痛が少ないものでも、切腹のように武士の名誉が守られる死でもない。

 なかなか死ねず、激痛を味わい続ける残酷な処刑法である。


 だがあまり、同情する気にはなれなかった。

 そういう意味では、ああいう男でむしろ助かったとは言える。


 そのことにわずかの罪悪感も抱かずに済むのだから。

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