第四〇話 天文十一年三月中旬『論功行賞』
清州の戦いからはや一週間が経とうとしていた。
わたしは奪った清州城を速やかに信秀兄さまに明け渡して、早々に下河原の屋敷に帰還してのんびり過ごしていたのだけど、信秀兄さまは戦後処理で色々バタバタしていたみたいである。
そして今日、再びわたしは清州城を訪れていた。
斯波の若君――
あんまりこんな仰々しいところには来たくはなかったのだけど、立場上、出ないわけにはいかないので仕方がない。
「尾張守護、斯波岩竜丸様に成り代わりまして、ここに織田大和守信秀殿を尾張八郡の守護代に任ずる」
おおよそ五分ほどにも及ぶ礼法に沿ったもったいぶった口上の後、織田達勝殿が宣言する。
蟄居中の身ではあるが、岩竜丸様は御年二歳(満だと一歳)でまだしゃべることもできないので、その代理に最も相応しいだろうとあてがわれたのである。
先代の守護代から言い渡されたほうが、より正統性を誇示できるという目論見もあるだろう。
達勝殿にしてみれば色々屈辱ではあるのだろうが。
「謹んでお引き受け致します」
畳に両拳を突き、信秀兄さまは恭しく頭を下げる。
パチパチパチっと広間に集まった重臣たちから一斉に拍手が巻き起こった。
今この時より、尾張八郡の守護代は織田信秀兄さまになったのである。
元々、織田大和守家は尾張下四郡の守護代で、上四郡は織田伊勢守家が守護代を務めていたのだけど、その伊勢守家当主である織田信安様はまだ数えで九歳と幼く、実際の政務は信秀兄さまの弟、つまりわたしの兄でもある織田信康兄さまが後見人として取り仕切っていた。
つまり、伊勢守家は譜代の家臣たちが多少うるさいものの、すでに信秀兄さまに半ば屈服していた状態であり、丁度いい機会だから半ば強引に、上四郡の守護代の役目も信秀兄さまのものとして統合してしまうことにしたのだ。
下手に対等な家があると、お家騒動の元だしね。
「それでは守護代、ご挨拶を」
「うむ」
達勝殿に促され、信秀兄さまは家臣一同をじっくりと見渡し、
「儂が守護代となり尾張八郡を一つにできたのは、ひとえにここにいる者たちの長年の奉公のおかげである。まずはその事に心から感謝したい」
「「「「「わああああああ!!」」」」」
広間中から喝采が巻き起こる。
中には涙ぐむ者も少なからずいた。
信秀兄さまが織田弾正忠家の家督を継いで一五年近くになる。
その頃から支えてきた者たちも大勢いるはずで、やはり感慨深いものがあるのだろう。
「守護代として、この尾張の平和と発展に全身全霊取り組んでいく所存であるが、応仁の乱に端を発するこの戦乱の世は、終わる気配を見せん。戦火はますます広がるばかりじゃ。我らだけのうのうと平和を謳歌する、と言うのは難しかろう」
祝いの席だというのに、信秀兄さまは厳しい顔で皆に現実を突きつける。
実際、喜んでばかりもいられない状況と言うのは、確かだった。
信秀兄さまの言う通り、史実においても、戦国大名と呼ばれるようになった群雄たちが、近隣諸国を呑み込み勢力を拡大、戦の規模はどんどん大きくなっていく。
それがまだこの後、秀吉が天下を治める一五九〇年まで、約五〇年近くも続くのだ。
平和な時代までまだまだ先は長い。
とは言え、尾張平定は成ったし、まあ、数年はのんびりできるだろう。
「だが、恐れることはない! 我らには素戔嗚の巫女がついておる!」
……はい?
あの、信秀兄さま?
いきなりわたしを指し示さないでほしいんですけど!?
「皆ももう噂ぐらいには聞き及んでいよう。我が尾張に生まれた
信秀兄さまの言葉に、広間にどよめきが広がる。
「まさか……あのような髪結い前の子どもが……」
「しかし、林殿も絶賛しておったぞ」
「容易には信じられぬが、実際にこうして清州城が我らのものとなっているのは事実」
「ふぅむ、本当に素戔嗚の巫女なのかもしれん」
じろじろと不躾な視線と声に、わたしは顔を強張らせる。
お願いだから、せめて! せめてっ!!
そういうことをするなら前もって教えておいてください!
皆の視線が痛すぎて、身の置き場がない……。
「つや!」
「……はい」
正直、あまり返事はしたくなかったが、このような場で、この状況で返事をしないわけにもいかない。
せめてもの抵抗で恨みがましい眼を向けるが、信秀兄さまには屁でもないだろう。
ニッと口の端を吊り上げ、続ける。
「此度の働きの褒美として、貴様には中村一一〇〇貫、稲葉地一二〇〇貫を授ける!」
「っ!」
その言葉に、わたしは思わず息を呑む。
先の下河原、日比津と合わせれば、これでわたしの知行は三五五〇貫。
織田家中において、間違いなく十指に入るであろう高禄である。
二一世紀換算で言えば、年商四億円オーバー!
実収入で2億円超である! ひえええええ。
「……有難く頂戴致します」
それでも、わたしは内心の狼狽を押さえ、恭しく頭を下げる。
前回はいきなりの褒美に驚いたが、今回は襲名式と同時に論功行賞が行われるのは事前通告がなされている。
報酬も確かに凄い高額ではあったけど、まあ想定の範囲内ではあった。
我ながら今回、けっこうな手柄を挙げたと思うしね。
成経、牛一をはじめ、今回の戦で頑張ってくれた家来たちにも、当然、褒美を与えなければならない。
その原資となるものはしっかり頂かねば台所が火の車になってしまう。
桶狭間の戦いで一番手柄をあげた
「また、貴様をこの清州城代に任ずる」
「……へ? ええええええっ!?」
一瞬、何を言われてるのかわからなかった。
そして理解すると、素っ頓狂な声をあげていた。
いや、だって、仕方ないだろう!?
実際、家臣たちも先程まで以上にどよめいている。
それぐらい有り得ない事だったのだ。
「あ、あの、清州城は守護たる武衛様の居城、この尾張の中心地、政庁ともいうべき場所ですよ!?」
その武衛様こと斯波岩竜丸様は、繰り返すがまだ御年二歳。
当然、政務とかできるはずもなく、つまり、わたしにこの城を治めろ、ということである。
この尾張の支配者が居座るべき城を、である。
意味がわからなかった。
「守護代であらせられる信秀兄さまご自身が城代を務めるのが筋というものでしょう!?」
悲鳴じたわたしの言葉に、家臣たちもうんうんと頷く。
皆、わたしと同じ感想ということだ。
こんなことを言いだすなんて、いったいどういうつもりなの!?
「貴様の言う事もわからんでもない。が、北の斎藤とは同盟にこぎつけその脅威は薄れた。儂は今後、鳴海城に居を移し、東の松平に備えるつもりじゃ」
あ~……そう言えばそうだった。
信秀兄さまって
史実通りなら、次は末森城だったはずだが、末森城は敗北続きで求心力を失った信秀兄さまが、尾張防衛のために築くことになる城だ。
尾張を統一しノリに乗ってイケイケな今の信秀兄さまは、より三河に近く攻勢に出やすい鳴海城に居を置くほうが良いと判断したのだろう。
「松平とは、六年前に森山で、昨年も安祥で激戦を繰り広げた仇敵である。近い将来、奴らとは雌雄を決さねばなるまい。さらに東に目を向ければ、
にぃぃっと信秀兄さまは犬歯を剥き出しにした猛獣の笑みを浮かべる。
武衛様の為って建前で、それ、信秀兄さまが欲しいだけじゃん!
尾張統一で少しは落ち着くのかなと思ったが、むしろ逆に虎の野心はさらに燃え上がってしまったらしい。
まだまだ戦乱は続きそうである。
とまあ、そんなこんなで、わたし織田つやは、女城主ならぬ女城代となってしまったのだった。
今世は下河原の屋敷で優雅にひっそりとおひとり様ライフを過ごすつもりだったのに、どうしてこうなった!?
ホワイ!?
第一部 完
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