第十九話 天文十一年一月上旬『小豆坂七本槍・佐々成経』
「うぃーす!」
翌日、屋敷に現れたのは、ヤンキーだった。
二一世紀風に言うと、DQN?
いや、もちろん、この時代にヤンキーもDQNもいないんだけど、なんかもうそうとしか言いようのない雰囲気なのだ。
この時代だと確かうつけ者とか傾奇者とかっていうんだっけ?
ヤンキー座りして、口にタバコ代わりに笹の葉くわえて、凄い形相で威嚇している。
うん、ヤンキーがやっぱり一番しっくり来るな。
「あんたがつやか? ふ~ん」
ヤンキーは不躾な目でわたしをじろじろと観察しはじめ――
ブゥン!
隣にいたじぃが、ヤンキーに向かって手に持っていた杖を振り下ろす。
ちょっ、いきなり何を!?
「何すんだよ親父!?」
後ろに飛び退いてかわしながら、ヤンキーが抗議する。
親父?
ってことはこのヤンキーが今日からわたしに仕えてくれるという佐々
「やかましい! この無礼者が!」
じぃは叫び、さらに畳みかけるように連撃を繰り出す。
が、
「おいおい、もういい年なのにあんま無理しないほうがいいぜ?」
それらすべてをあっさりとかわしてのける。
還暦を過ぎているとはいえ、じぃの攻撃はかなり速く巧みだというのにだ。
「よっと」
じぃが振り下ろしたのを見計らって、ヤンキー――成経殿は杖を踏みつけて制する。
凄い。無手で勝っちゃったよ。
「ちっ」
じぃは舌打ちとともに杖を手放し、わたしのほうに向き直る。
「この通り、礼儀のれの字も知らぬうつけではありますが、腕は確かです」
「ひでえな、反応できなかったらどうしてたんだよ。あの勢い、下手すりゃ死んでたぞ」
「あの程度でやられる玉か、貴様が」
忌々しげに、じぃが吐き捨てる。
なるほど、ちょっとした腕試しのデモンストレーションだったというわけか。
成経さんにはまったく知らされていなかったみたいだけど。
でもだからこそ、わかるものもある。
咄嗟の危機に対応できる。
護衛に最も必要な能力だった。
「見事です。宜しければぜひわたしの家来になっていただきたいです」
わたしはニコッと微笑みつつ言うも――
「は? 俺がお前の?」
キョトンとした顔で返される。
こちらをからかってるのかと一瞬思ったが、そういう感じではない。
本気で何を言ってるのかわからないようだった。
「じぃ? 伝えてなかったんですか?」
わたしもそれは初耳なんですけど。
てっきり了承をもうとってるものとばっかり。
「申し訳ございませぬ。先に伝えては、女に仕えるなどまっぴらごめん、と言ってここに来そうにもなかったので」
「へっ、よくわかってんじゃねえか」
笹の葉をピコピコさせながら、成経殿は笑う。
これはけっこうな跳ねっかえりだなぁ。
扱いもめんどくさそう。
とは言え、「小豆坂七本槍」だ。
素行に多少の問題があるとはいえ、今後も事も考えると喉から手が出るほど欲しい人材であることは間違いないのよねぇ。
さて、どうするか?
じぃも先に教えておいてくれれば、策の一つ二つ練りもしたのに。
ぶっつけ本番はわたし、弱いんですけど。
「まあ、でも、いいぜ。あんたの家臣になってやるよ」
「へ?」
あっさりと了承の返事が来て、わたしは思わず間の抜けた声を漏らす。
ちょっと、拍子抜けなんですけど。
いったいどういう風の吹き回し?
「……どういう風の吹き回しじゃ?」
じぃも同じ感想を抱いたらしく、怪訝そうに息子に問いかける。
てか、そんなに渋りそうに思っているのなら、先にちゃんと説得しておいてほしい。
「
「臭い、じゃと?」
じぃがオウム返しする中、わたしも思わず自分の袖をクンクンと嗅ぐ。
自分じゃわからないけど、もしかしてなんか臭う?
別にそんな香とかも焚いてないんだけどなぁ。
「ああ、俺の嗅覚がビンビン反応するのさ。この女はやべえ! ってな。すげえ危険な香りがする。近くにいれば、楽しめそうだ」
ニッと口の端を吊り上げながら、成経殿が笑う。
随分と感覚派だなぁ。
けど、馬鹿にはできない。
実際あたしには二一世紀の知識がある。かなり危険でやばい女なのは間違いないのだ。
「この女とはなんじゃ!? 仕えると言うたからには主君じゃぞ!?」
はあっと重々しい嘆息とともに、じぃが手で顔を覆う。
色々これまでの彼の素行に、やきもきしてきたんだろうなぁ。可哀想に。
「あ~、まあ、そうか。まあ、おいおい直していくさ」
「おいおいでは遅いと言うとるんじゃ! 貴様がそんなでは、主君である姫様に恥をかかせることになるんじゃぞ!?」
「まあ、その損失は、槍働きで返すさ」
ニッと成経殿は獰猛に笑う。
自分の強さをかけらも疑っていない。そんな笑みだった。
「てなわけでよろしくな、姫さん!」
こうしてわたしに記念すべき一番目の家来ができたのである。
……一番最初がこの人でいいのかってちょっと思うけれども、次は、次はちゃんと真面目な人を雇うから!
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