第二話 天文一〇年一〇月上旬『尾張の虎 織田信秀』
「信秀兄さま、つやでございます」
早速わたしは、信秀兄さまの部屋を訪れていた。
善は急げというやつである。
「うむ、入れ」
室内より声がかかり、わたしの女中が障子を開く。
奥にいたのは、渋さと厳しさを漂わせるダンディなイケオジである。
その鋭い視線と目が合った瞬間、ぞくっと背筋に寒気が走った。
さすがは尾張の虎とまで言われた傑物だった。
その圧に、思わずゴクリと唾を呑み込む。
「失礼いたします」
動揺を表に出すことなく、わたしはしずしずと入室し、部屋の中央で正座し信秀兄さまと向かい合い、頭を下げる。
「この度は急なお願い、聞き入れてくださり……」
「ああ、よいよい。さっさと要件を言え。儂に直に伝えたいことがあるんじゃったな?」
信秀兄さまはひらひらと手を振って、続きを促す。
やはりあの織田信長の父だけあって、ずいぶんとせっかちなひとだった。
だが、わたしとしても望むところである。
「では早速。昨夜、私の枕元に
「ほう、素戔嗚尊とな?」
わたしは神妙に頷くも、もちろん、ただの方便である。
今あたしがいるこの
神の名を騙るなど罰当たりもいいところだが、切羽詰まっているのだ。
余裕出来たら、そのうち寄進とかするんで勘弁してもらおう。
「で、なんと申しておったのじゃ?」
頬杖を突きつつ、つまらなさげに信秀兄さまは問う。
興味がないのが丸わかりである。
信秀兄さまはあの信長の父らしく、合理主義の現実主義者だ。
おそらく子供の戯言と思ったのだろう。
う~ん、失敗だったか?
でも今更言わないのも逆に変だし言ってしまえ。
「はい。素戔嗚尊様は仰いました。この一年の内に、
「っ!? なん、じゃと!? ……さすがににわかには信じられんな。だが、七歳のおなごの言う言葉でもない」
ううむと、信秀兄さまは眉間にしわを寄せる。
隣国の大名として、これはなかなかに聞き捨てならなかったらしい。
ちなみに斎藤利政とは、後の斎藤道三のことである。
「信じる、信じないは信秀兄さまにお任せ致します。ただ、これはお伝えせねばと思いましたので」
「そうか、大儀であった」
「はい、ではこれで」
わたしはスッと頭を下げて、そそくさと退室する。
よし、これで任務完了である。
まだせいぜい半信半疑ってところだろうけど、ここまで具体的に予言したのだ。
当たればわたしの言葉に耳を傾けるようにもなってくれるはずだ。
いやぁ、一年後が楽しみだなぁ。
なんて感じでほくそ笑んで自室への帰路を歩いていたその時だった。
「あいたっ!」
突如、頭に衝撃と激痛が走り、わたしはその場にうずくまる。
い、いったい何が起きたの!?
ふと視界に、半分潰れた柿が目に留まる。
もしかしてこれをぶつけられた!?
「おい、きさまぁっ! 父上の部屋で何をしていた!?」
「きゃあっ!?」
激しい怒りの声とともに、髪を引っ張られる。
「痛い痛い! 何すんの!?」
半ば反射的に、振り返りざまわたしは相手の顔目掛けて平手打ちをかます。
ばちぃん!
「ってえ! きさま、何しやがる!?」
「それはこっちの台詞! って、あんたは!」
わたしも怒鳴り返し、そこで相手が誰だか気づく。
見覚えのある顔だった。
もう最後にその顔を見てから数十年経つし、その最後に見た時よりはるかに若いが、忘れようはずもない。
前々世においてわたしの一族郎党を殺し、逆さ磔の刑にした張本人だった。
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