第92話 或る男の話
「柳殿の話ではなく、私は叔父上の話をしているのですよ」
「納得のいっていない顔だな。……
「叔父上、一つだけお聞きしたいことがあります。城歴で
外を眺めながら
「さあなあ。たしか、書簡の差出人の手がかりは無いはずだが」
「……私は、叔父上が書簡を送ったと考えています」
そうか、とだけ呟いて
「はい。当時、“厄災を招く子”が生まれたことを知っていた人物は限られています。十五年前の当時、呪部の予言を知っていた人物。……政主であった叔父上ならば、呪部の予言を知ることが可能ではないでしょうか? さらに転送の霊符の権限を持つ叔父上なら、機会を見計らって書簡を送り届けることは可能です」
「つまり、何を言いたい?」
「叔父上には“厄災を招く子”を生かしておきたい理由があった、のではないかと」
政主となった姪から逃れられそうにもない。 観念したように
「…………わかった、
◆
今から三百年ほど前の話。義岳門に、
「
「怖いよ……手合わせしたくないよ…………だって痛いし、負けたって言っても剣でぶつのをやめてくれないしさあ……」
その時、
「おい!
「げっ! またお前か、
「おい、俺と手合わせしたいやつは誰もいないのか?」
彼の若葉のような色の髪も明るい色をした目も、黒髪が多い中で
「ごめんね
「
そう言って、
「君はすごいね」
「そんなことはないぞ。俺は生き延びるためにこうなるしかなかった。お前は花を見て綺麗だと思えるかもしれないが、俺にはずっと花を眺める心の余裕などなかった。お前のその心こそが、天下が平安であることを表していて素晴らしいんだ」
◆
そしてある日、師匠から頼まれて
「君たちの師父とは顔見知りでね。
彼の言う古くから伝わるまじないは、玉に文様を組み合わせた彫刻を施すというものだった。火に関係する文様を組み合わせたならば炎を生み出すことができ、水に関係する文様を組み合わせたならば、水を生み出せるのだという。
義岳門にまじないに詳しい者はいないので今まで興味は無かったが、
「明日には
「痛くないの? 血は出ていなさそうだけど」
「痛いさ。だから、すぐに身体にしまっておく」
「最近、暁片の偽物が世の中に横行しているらしいが、本物は俺の体の中にある。だから、法宝を“持っている“と言う人間には気を付けろよ」
◆
その数年後、暁片を持っているやらいないやらで、義岳近くの小さな
戦が終わった後、暁片を持っているというのは嘘だ、と叫びながら人々を止めに入っていた青年がいたのだと噂になり、瞬く間に彼は崇められる対象となった。彼は
「
この時、
生き延びた彼の子どもたちに縋るような気持ちで、どうにか親兄弟を説得して子どもたちを育てることにした。しかし、胡の家にいてもなお、“棗”を絶やしてはいけないと
だから、
その後、各地を転々としながら、
◆
一通り話して疲れたのか、
「私は
「義岳門の
「ああ。私は叔父でもなんでもないし、君たちと血もつながっていない」
「……三百年も血がつながっていない者たちを見守っていたと? いくら友であったとしても、今まで生きてきた名前を捨て、あっけなく死んだ
「姓など取るに足らないものさ。途中で変える者もいると聞くし、そこまで言うほどか?」
「私には分かりません、
「
「しかし、叔父上の人生はそれでいいのですか? いくら友とはいえど、他人の子孫を三百年見守るなど、叔父上にとって益がない話です。話から考えるに、私たちが
鍛錬よりも草花を摘むのが好きな青年が、政主と黄龍を務めるようになるまでどのような人生を辿ったのか、
「そうだよ。だから、今日政主と黄龍をお前たちに継げて良かったと思っている。平安の世を作り、お前たちに渡す。そうすることで、私の役目はようやく終わる」
「……今仰ったことは、兄上には言っているのですか?」
「いや、
「では、もう一つお聞きしたいことがあります。“厄災を招く子”を生かした理由は、
「その通りだよ。
「……前々から、叔父上に三百歳を超えているという噂はありましたものね。それに、うたた寝をしながら
ふふ、といたずらっ子のように微笑んで、
「…………え? 本当に? 恥ずかしいな」
頬を紅潮させるその姿は、得体の知れない叔父の顔ではなく、
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