第一章 城歴の地にて

第6話 黒衣の白虎

 この地に五つの勢力あり。


 名を泉古嶺洞せんこれいどう雪雲閣せつうんかく天弥道てんみどう玄郭げんかく儀仙堂ぎせんどうと言う。政治、祭司、様々な役割を司り、修行の門としても開かれる。


 泉古嶺洞せんこれいどうは冬でも葉の落ちない山林の中にあり、雪雲閣せつうんかくには一年中雪が降り積もる、天弥道てんみどうは交通の要衝であるため賑わっており、玄郭げんかくには大きな蔵書殿がある、儀仙堂ぎせんどうは大河のほとりにあり、毎年会合が開かれる。


 決まりとして、それぞれの勢力が持つ色と柄をあしらった外套を羽織る。それぞれ一人の政主を置き、門下を統率する。


 この地に妖鬼あり。


 動植物、人の作りし物は陰の気を帯びて妖となる。


 人が死したものは陰の気を帯びて鬼となる。妖鬼跋扈ばっこし、多く人を欺き喰らう。


 各門、妖鬼を祓い、殺す役割を持つ。


 各門、妖鬼を殺す者の頭の役職を置く。


 宇宙の均衡を司る四神にあやかり、泉古嶺洞せんこれいどうでは青龍、雪雲閣せつうんかくでは白虎、天弥道てんみどうでは朱雀、玄郭げんかくでは玄武、儀仙堂ぎせんどうでは黄龍と呼ぶ。



 雪雲閣せつうんかく所属、秋一睿チウ・イールイは白虎として恐れられる。


 雪雲閣せつうんかくで一人だけ黒い外套を羽織っているため、たびたび黒衣の白虎と他称される。

 雪雲閣せつうんかく所属を表す雪のように白い羽織が、殺した妖鬼の体液で黒く染まり、洗っても怨念が染みついて取れることがないのだ、と人々は言う。


 その真偽は定かではない。



 雪雲閣せつうんかくは山中にあり、初夏であるというのに雪化粧をまとっている。今朝も自生している植物の葉が少し白くなるほどの雪が降っていた。


 雪雲閣せつうんかくの西にある静虎殿せいこでんに、朝早く訪ねる人影があった。


「おはようございます、白虎殿。冷懿ラン・イーです」


 訪ねてきたのは冷懿ラン・イー雪雲閣せつうんかくの門下生であり白虎である秋一睿チウ・イールイの師弟である。


 冷懿ラン・イー雪雲閣せつうんかくの山の様に真っ白な外套を羽織り、淡青色の直裾袍ちょくきょほうを身に纏っている。珍しい灰色の髪を頭の高い位置でまとめ、竹でできたかんざしで留めている。薄い色の瞳は丸く、優しげな印象を与える。

 その姿は品行方正を体現し、振る舞いには一分の隙すらもない。


 静虎殿に住む秋一睿チウ・イールイは声のした方に鋭い視線を向けた。夜の星空のような色をした切れ長の目だ。


 秋一睿チウ・イールイは墨色の髪を結い、そのうえに白い布を巻いているのだが、立ち上がる際に布の端がさらりと揺れた。


 そして特筆すべきは、秋の羽織っている外套の色が人々の噂と同じく黒く染まっていることである。金色の刺繍が施された外套を羽織り直すようにして、入口付近にゆっくりと歩いていく。


「外は寒い、入れ」


 秋が声をかけるとしばらくして、冷懿ラン・イーが静虎殿に入ってくる。


「本日は城歴じょうれき氏と交易に関する会合を行う予定ですが、白虎殿びゃっこどののお耳に入れておきたい情報がございまして」


「お前が朝早くに来るほどの情報、か」


 もう少し日が昇ると、雪雲閣せつうんかくの中央にある静白殿せいはくでんへと赴くのが白虎の日課である。

 それを待たずに冷が静虎殿に来るというのは、重要な情報であると秋は思ったのだった。


 秋は木製のながいすに腰掛け、冷にも座るように手で促した。冷は拱手をして、秋の左側に腰掛けた。


「はい。城歴じょうれきの李氏が”厄災を招く子”を幽閉している、との情報が耳に入りまして」

 その言葉を聞き、秋は眉間にしわを寄せた。


「……その情報の出所は確かか?」


 秋が聞くと、冷は頷いた。


城歴じょうれき李氏に出入りしている商人からの情報です。また、信憑性は薄いですが城歴じょうれきの者たちにも同様の噂が流れています」


 厄災を招くとされる人間がこの世に生まれると、天地に異変が起こる。そのため、災いが起きる前に殺さなくてはならない。


 それが、この地に古くから伝わる話である。


「十五年ほど前、城歴じょうれき李氏が付近の里一つを滅ぼしたことがあったそうです。その時、昼であるのに太陽が隠れ、空が黒く覆われたとか。厄災を招く子と何か関係があるのでしょうか……?」


 秋は自身の顎を触りながら、考えこむ仕草をした。


「心に留めておこう。冷懿ラン・イー、情報提供を感謝する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る