第26話 素晴らしき剣技

 棗绍ザオ・シャオの大会開始の言葉により、一斉に駆け出した門下生。そして、皆各々の技を駆使して玉剣山ユィージェンシャンを進んでいく。中には紙馬しまを使用する者もいれば、紙鳥しちょうを使って山の様子を窺う者もいる。


 雪雲閣せつうんかくの門下生たちも三、四人で一組となり、妖鬼の討伐のために玉剣山ユィージェンシャンの深くへ入っていった。


 白虎である秋一睿チウ・イールイは他勢力から狙われる可能性もあるため、一人で討伐へと向かった。


 常子远チャン・ズーユエンは妖鬼討伐の見学のために、冷懿ラン・イーとともに討伐に向かうこととなった。二人は走っていく門下生の背中を見ながらゆっくりと歩いている。


常子远チャン・ズーユエン、くれぐれも私のそばを離れてはいけませんよ」


 冷懿ラン・イー常子远チャン・ズーユエンに対して、山に入る前から何度もその言葉を言い聞かせていた。


「分かってるよ、冷さん。その言葉を言うのは十回目だよ」


「え、君はずっと数えていたんですか?」


 常が頷くと、冷は急に笑い出した。常はなぜ冷が笑い出したのか分からなくて、不思議そうにしている。ひとしきり笑ったあと、落ち着きを取り戻した冷が言った。


「笑ってしまってすみません。……白虎殿も数えるんですよ、私が心配した回数を」


 冷は、声を低くして目つきを鋭くして、秋一睿チウ・イールイの真似をしだす。

冷懿ラン・イー、お前は先程から三度同じことを心配した。……ってね」

 常は、冷がそのような低い声を出すのを初めて聞いたので、そこにびっくりして目を丸くした。


 珍しくふざけながら二人が山道を歩いて行くと、道は段々細くなり辺りは竹林となって、冷たい風が吹いてきた。

 鬱蒼と茂る竹の葉により、太陽は隠れて二人の足下は暗くなった。


「ほら、沢山居ましたよ。討伐し放題ですね」


 冷がそう言うと同時に、数十もの妖鬼が現れて不気味にうごめいた。妖鬼の発した子どもの笑い声のような鳴声が竹林に響いている。


 最初はところどころ空間が黒く歪んでいるだけであったが、それらはたちまち人の姿をとり、冷と常に向かって襲いかかってきた。


 冷は剣に手をかける様子もなく、自身に近づいてくる妖鬼の姿を静かに見つめていた。


 少し後ろを歩いていた常だったが、このままでは冷は妖鬼に襲われてしまうと思い、堪らなくなって叫んだ。


「冷さん…… !」

 冷の顔の一寸先に妖鬼が迫ろうとした時、冷の身体がくるりと回り、妖鬼の姿は真っ二つになった。いつ剣を手に取ったのかさえも見えなかった。常には速すぎて何が起こったのかよく分からなかったが、冷によって妖鬼が砂のようになって消えたことだけは分かった。


 さらに、次々と迫り来る妖鬼に対して冷は間髪入れずに剣を振った。白い一筋の光がきらめいたかと思えば、次の瞬間には妖鬼が切り刻まれていた。そのような、信じられないことが三度ほど起こった。それほど時は経っていないのに、すでに四、五体が冷によって討伐されたのだ。


 冷は軽い足取りで前方へ向かって走り、身近な場所にあった竹を蹴り、しなる竹と竹を身軽に渡ってゆく。そして、竹の間に不気味に蠢いている妖鬼を次々と切り刻んでいく。くるりと身体が回転する度に、ゆったりとした冷の袖が広がって、まるで演舞のようですらある。


 その光景は、常にとっては二度目に見る素晴らしい剣術であった。


 ふいに、常のいる所を見た冷が叫んだ。 


「危ない、常子远チャン・ズーユエン!」


 冷が常に向かって剣を投げた。


「うわっ!」

 剣は常の頬の横を飛んでいった。頬から一寸もないほど近い距離だった。常の顔に風が当たり、まもなく竹に突き刺さる鋭い音がした。


 常には訳も分からずその場に固まっていたが、剣の刺さった先を見ると妖鬼が貫かれていた。

 妖鬼が消えるのを確認した冷が腕を一振りすると、剣はひとりでに冷のほうに戻っていった。


 冷の妖鬼討伐は半刻もしないうちに一区切りついたようで、数十ほどの妖鬼を討伐して、冷は常の立っている場所に戻ってきた。


「この付近は討伐終了しましたよ」

 冷は沢山の妖鬼を討伐したにもかかわらず、息一つ乱れることなくその場に立っている。


「すごい…… !」

「一応雪雲閣せつうんかくの門下生ですからね、これくらいはできますよ。では、次の場所に行きましょうか」


 冷は自慢する風でもなく、間髪入れずに竹林の先に向かって歩き始めた。

 

 常は、秋が冷の剣術の腕を褒めていたことを思い出したが、実際にその剣術の上手さや美しさを目の当たりにしたことで、常の冷に対する尊敬がさらに深まった。


「しかし少し離れるだけでも、妖鬼が君に向かってくるとは思いませんでした。雪雲閣呪部うちの邪払いが効かないならば、どうにか策を考えねば…… 」


 常の首に掛けられた、邪払いの玉の首飾りを見ながら冷はその言葉を呟いた。

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