大会一日目

第25話 大会の開始

 会合の翌日。日が昇り、鳥のさえずりが儀仙堂ぎせんどう静饗殿せいきょうでんへ聞こえてきた。


 今日は各勢力により妖鬼討伐を競う大会が行われる。


 常子远チャン・ズーユエンは外から差し込んでくる眩しい陽光で目を覚まし、床の上で大きく伸びをした。


「おはようございます、よく眠れましたか?」


 師兄の冷懿ラン・イーが、寝起きでぼさぼさ頭の常子远チャン・ズーユエンに話しかけた。冷懿ラン・イーもうすでに起きていて、室内を片付けている最中だ。


 秋一睿チウ・イールイも起き上がっておりながいすに座ってはいるが、まだ頭は眠っているのか、目をつむって微動だにしない。


 常は目をこすりながら起き上がった。

「うん、よく眠れた」


「今日は大会ですよ。常子远チャン・ズーユエン、君は私たちの妖鬼討伐を見学するという形になっています。珍しく私も張り切っちゃいますよ」


 冷懿ラン・イーは朗らかに笑い、自身の剣を取り出し、秋一睿チウ・イールイが座っている隣に腰掛けて布で拭き始めた。常も冷に興味津々で近づいてきて、じっと見つめる。


「冷さんって外交も剣術もできるの?」


 冷の剣の手入れを近くで見ながら、常は問いかけた。剣は危ないため冷が常から遠ざかると、常が首を伸ばして再度のぞき込んだ。冷は笑って、剣を鞘に仕舞った。


「私はまだまだです。剣術なんて、白虎殿には及ばないですよ。白虎殿は雪雲閣の代々伝わる剣技、”梅花雪落ばいかせつらく”を習得しているのですから」


 ”梅花雪落ばいかせつらく”は、秋が常院楼で動く死体を斬っていた時に使っていた技だ。


「冷さんは習得してないの?」

「ええ。歴代の白虎だけのみ習得することを許されているのですよ」


 冷は剣を櫛に持ち替えて、常の髪を梳こうと立ち上がりながら、問いかけに答えた。常はそれに気づいて、逃げ出そうとする。


 すると榻に腰掛けて目をつむっていた秋一睿チウ・イールイが突然目を開けて話し出した。


「私は冷懿ラン・イーが”梅花雪落”を習得したほうが良いと思っていた。決して剣術で劣っているわけではない」


 冷は急にしゃべり出した秋に驚いて櫛を落としそうになった。

「白虎殿、起きていたんですか!?」


「たった今起きた」

 秋はいつもの涼しい目つきながらも、一つ欠伸をした。


 常はどうして冷が白虎になれなかったのか気になっていたが、二人の事情に踏み入るのははばかられたため、聞くことができなかった。冷が常を捕まえて、絡まった髪を梳くのを仕方なく受け入れた。


 ◆


 大会が行われるのは儀仙堂ぎせんどうの北にある山、玉剣山ユィージェンシャンである。


 玉剣山ユィージェンシャンは自然豊かで昔から修行に適した土地で有名であったが、最近妖鬼が数多く出没する土地となっていた。数年のうちに数十名もの人が行方不明となり、人を食う鬼がいるという悪い噂が立ち、夜はともかく昼間であっても人が寄りつかなくなっていた。


 儀仙堂ぎせんどうでも妖鬼を日常的に討伐していたが、数が多すぎて討伐が追いつかない。そのため、黄龍の棗绍ザオ・シャオは他勢力の力を利用し大会を開くことでそれらを討伐してしまおうと計画したのだった。


 玉剣山ユィージェンシャンのふもとには各勢力の門下生たちが集った。主要勢力である五つの勢力だけでなく、他の小さな勢力の門下生も参加していた。数はざっと数えて数百人はいるだろうか。妖鬼討伐を専門としている門下生がほとんどだが、十数人のみ呪部じゅぶの者もいるようだった。


 もちろん、妖鬼討伐の頭である白虎・青龍・朱雀・玄武も参加することとなっていた。


 儀仙堂ぎせんどうの門下生たちは参加するようだが、黄龍である棗绍ザオ・シャオは主催者であるので今回は参加しないらしい。


 棗绍ザオ・シャオは他勢力の政主せいしゅたちと同じように、玉剣山を見渡せる高楼に敷かれた席に並び座っている。この高楼は普段は見張るための建物であるが、今回は特別に政主たちのための場所となっている。


 人が集まったのを確認して、五人の真ん中に座っていた主催者の棗绍ザオ・シャオが立ち上がり、高らかに宣言した。


「ここに大会の開始を告げる! 大会の規則はただ一つ、妖鬼を多く討伐した者の勝ちとする!」


 呪部じゅぶの陣により棗绍ザオ・シャオの声が増幅されたため、玉剣山の参加者たちにも聞きとれた。儀仙堂の門下生たちが編鐘の演奏を始める。


 その音に驚いたのか、木の上にいた鳥が何羽も飛び去り、門下生たちは皆駆け出した。


「さて、皆どう動くだろうか―― 見物だな」


 棗绍ザオ・シャオは並び座っている政主たちに向かって微笑みかけた。

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