第21話 処遇の決定

「まず、儀仙堂ぎせんどうの地へはるばるお越しくださったことに、感謝の意を表そう」


 儀仙堂ぎせんどう政主せいしゅ・黄龍の棗绍ザオ・シャオが立ち上がり、決して大きくないが良く通る透き通った声で、皆に感謝を伝えた。


 人々のざわつきが静まりかえり、皆の注目が黄龍の棗绍ザオ・シャオに注がれる。広間にいる者は皆立ち上がり、ザオに向けて拱手を行った。


「皆、そのように固くならずに。今回皆を集めたのは、城歴じょうれき李氏が”厄災を招く子”を長年幽閉し、そのうえ死体を操る禁術を研究していたからである。城歴じょうれき李氏の処遇を皆で決定し、その後に刑を下そうではないか。


 そして、折角皆が集まったのであるから、妖鬼退治を競う”大会”を開こうと思っている。是非皆にも参加願いたい」


 朗々と唄うようにザオは言葉を並べた。


「では、城歴李氏の当主、李紹成リ・シャオチァンを連れて参れ」


 ほどなくして、数人の見張りに囲まれて一人の男が入ってきた。李紹成リ・シャオチァンだ。逃げられないように身体の後ろで手を縛られ、膝をついて座らされる。見張りは剣を抜き、李の首の前に切っ先を差しだした。


 ザオが李に近づき、問いかけた。大広間には棗の足音だけが響き、息を呑む音さえも目立ってしまうほどの静けさだ。


李紹成リ・シャオチァン。お前が行った所業をもう一度この場で申してみよ」


「…… 生まれたら殺すべき”厄災を招く子”を、常院楼じょういんろうの地下に十五年幽閉しました。そして、死んだ者を生き返らせる方法を研究させました。…… すべては城歴の地の平安のためにしたことだ」


「確かに、”厄災を招く子”は言い伝えにより殺すこととなっている。だが、我々は”厄災を招く子”を殺す理由をよく知らないのだ。殺すべき理由も知らないのに、みだりに子どもを殺すのは良くないだろう? ”厄災を招く子”は、一体何をするから殺すべきなのか? その理由は何なのか知っているか、李紹成リ・シャオチァンよ」


「……それは、法宝”暁片あかつきへん”を導くから、であると考えられます」


 暁片あかつきへんの名を聞き、人々がざわついた。暁片が大きな力を持っていることは皆知っていることであるからだ。


「”厄災を招く子”が生まれた頃、李氏に書簡が届けられたという。その内容は、”厄災を招く子”は暁片を導くから生かしておけ、というものだったらしい。暁片あかつきへんとは、皆も知るとおり各地で度々戦の種となっている代物だ。

 私が思うに、”厄災を招く子”というのは、戦を招く暁片あかつきへんの導き手である子どもであるから、厄災を招くとされたのではないか?」


 唐突に、棗は雪雲閣せつうんかくの政主を呼びかけた。


「なあ沙渙シャー・フアンよ、”厄災を招く子”は雪雲閣せつうんかくで保護しているそうだな」


「その通りだ黄龍殿、”厄災を招く子”は現在も厳重な警備の元にいる。それに、常院楼の地下よりも格段に環境は良いだろう」


 棗は沙渙シャー・フアンの返答に対して、ゆっくりと目を細めた。


 常子远チャン・ズーユエンは、自分に関しての話がなされていることで、正体がばれてしまうのではないかと気が気でなく、少しうつむいて話を聴いていた。

 それに、本当は雪雲閣せつうんかくにいることになっているが、話題の中心である”厄災を招く子”本人がここで話を聞いているのだ。正体が皆にばれたら無事ではすまないだろう。


 常子远チャン・ズーユエンの首筋にじっとりとした嫌な汗が流れる。髪が首に貼り付く。棗は自分のことを知らないから常を見るはずがないのに、なぜか棗がじっと自分を見ている気がするのだ。息が詰まる。自身の手を見ると、少し震えていた。


 棗はゆっくりと李に向き直り、問いを続けた。


「”厄災を招く子”を常院楼じょういんろうの地下に幽閉した理由はなんだ? どうせ生かしておくならば、地上でもどこでも住まわせて良かっただろうに。本人に”厄災を招く子”であると知らせず、普通に育てる手もあったはずだ」


 今の話に何か不満な点があったのか、李紹成リ・シャオチァンは腕を縛られているが、今にも暴れ出しそうなほどに身体を揺らし、恐ろしい剣幕でわめき立てた。


「あのような気味の悪い子どもをどうして普通に育てられる! あれは、見張りを何人、何十人と死に追いやった! 見張りだけじゃない、使用人や門下生もだ! 」


 李は脂汗をかき、まくし立てて話すため唾が飛び散った。棗は眉間にしわを寄せたが、何も言わずにその様子を見ていた。


 李は棗を睨みつけて、声を一層低くして怒鳴った。


「”あれ”を普通に育てるくらいなら、殺したほうがましだ!」


 その言葉を聞いた途端、雷が落ちたときのような衝撃が常子远チャン・ズーユエンの全身に走った。常は、信じられないものでも見たように、目を見開きながら座ったまま後ずさりをした。


 苦しい。全身が震える。逃げ出したい。なんで、こんなことを言われなくちゃいけないんだ。渦のような何かが常の全身を巡り、ぞわりと全身の毛が逆立つ。


 そして、常はついに居たたまれなくなって、立ち上がって口を押さえながら大広間を駆けて出て行ってしまった。


「…… 常子远チャン・ズーユエン!」

 秋一睿チウ・イールイは常が出て行くのを呼び止めたが、もうすでに常の姿は大広間から見えなくなっていた。


 常を追おうとした秋一睿チウ・イールイの肩を、政主の沙が左手で押さえるように掴んで引き留める。強い力だ。大広間の外にも雪雲閣の者は居て、常の護衛を頼んでいるため追う必要がない。ここで部屋を出ていけば、悪目立ちするだけだ。沙は口を開かずとも目で力強く訴えた。


 政主に止められれば、いくら白虎といえど逆らいにくい。立ち上がる寸前であった秋一睿チウ・イールイは、仕方なくその場に座り直した。


 大広間にいる皆は常が出て行った方向を一瞥したが、すぐに李氏のほうを向き直った。


 棗は、急に李氏に対する興味が失せたようになって、平坦な口調で言い放った。


「もうよい、李紹成リ・シャオチァン


棗は自身の唇に指を当てて、滑らせるように撫でた。目を細めてじっと李を見つめる。


「刑を決定しよう。皆、なにか案はあるか?」

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