第43話 結果発表

 ほどなくして混乱は収まり、大会の結果発表が行われた。普段は門下生の稽古場である大きな広場に皆が集まっている。


 五つの勢力の政主が前に立ち、その中央では棗が意気揚々と話し始めた。太陽は傾き、棗绍ザオ・シャオの目と同じ色に世界が染まっている。


「皆、妖鬼の討伐大会はこれにて終了した。早速、大会の優秀者を発表していこう」


 粛々と出場者の名を呼んでいく棗。


「妖鬼討伐が一番に多かったのは、青龍の麻燕マー・イェンだ。次点で朱雀の南祯ナン・ヂェン。玄武の智墨辰ヂー・モーチェン…… 」


 やはり、各勢力の討伐頭となっている者が上位を占めている。


 体調の回復した冷懿ラン・イーは、白虎である秋一睿チウ・イールイがなかなか名前を呼ばれないのが気になったが、何人かの後にようやく呼ばれたのでほっと息を吐いた。冷懿ラン・イーと並んでいた討伐数も、妖鬼の首を退治したことで秋一睿チウ・イールイの方が上回った。


 他の勢力からは成績が振るわないことで何かしら言われるかもしれないが、外の者に何を言われようがそれほど害はない。


 しかし頭の討伐数が一番多くないと、雪雲閣の中で秋一睿チウ・イールイへの不満が出るかもしれない。秋はただでさえ歯に衣着せぬ物言いである。白虎にふさわしくないと門下生に思われると、次第に統率もとれなくなるだろう。本人は全く気にしていないだろうが、冷は内部での勢力分裂が一番怖いのだった。


「今大会では、玉剣山ユィージェンシャンに悪い影響を及ぼしていた妖鬼の首も討伐された。これからの玉剣山ユィージェンシャンでは、人を喰う鬼の噂はなくなるだろう。皆よく頑張ってくれた。成績の振るわなかった者も、良い成績を残した者も、日々の研鑽に励んでほしい」


 その言葉で大会は締めくくられた。人々は各々の土地に戻るため、挨拶を交わしながら去っていく。


 雪雲閣の面々が広場に留まっていると、青龍である麻燕マー・イェン秋一睿チウ・イールイに話しかけてきた。すでに手に酒の甕を持っていて、飲んでいることは明らかだ。


「白虎殿。人を喰う鬼を討伐したようだね」

「…… 青龍殿こそ、討伐数一位だそうだが」


 終わったとはいえ一応正式な場ではあるので、秋一睿チウ・イールイ麻燕マー・イェンも礼儀正しくふるまっている。常はいつもの秋の態度とは違うため目を瞬かせていたが、皆が行っているので慌てて拱手をした。


「妖鬼の首が出たとき、お前は他の場所で妖鬼の討伐をしていたのか?」


 秋がいぶかしげに聞いた。


 あのとき、それぞれの門下生たちが数名いた。どの勢力であっても、自分より強い妖鬼がいた場合には、人を呼べときつく教えられている。門下生たちが青龍を呼ばなかったとは考えにくい。それなのに、誰も到着する様子はなかった。


 応援があったのに気付かなかったか、気づいていたのにわざと行かなかったか。


 それを聞いて、麻燕マー・イェンは驚いた様子で答えた。


「そうそう、それを言いたかったんだよ! あのとき、微かに私を呼ぶ合図が聞こえたんだ!」


 麻は興奮した様子で話していたが、正式な場であったのを思い出したのか、声をひそめて話をつづけた。


「合図が聞こえたから、その方向に走っていった。応援を要請するほど大きな獲物があるなら、私が行かない手はないだろう? すると、急に霧が出てきて迷ってしまった。いや、声のする方角に確実に進んでいたが、全然着かなかったんだよ」


「急な霧…… 」


 秋の頭の中には、一日目に出たという霧が思い出されていた。

 麻は懐から布の包みをとりだす。手で包み込めるくらいの大きさだ。


「そのとき、これに躓いたから記念に拾ってきたんだ」


 布を取ると、青銅でできた蓋のついた丸い器だった。植物の文様が彫られていて、器には四つの脚もついている。


「これは、香炉か?」

「見たところ、そのようだね」


 麻がそう答えると、秋は香炉をじっと見つめた。そして、何かを考えるように自身の顎を触った。


 麻はその様子を見て秋に香炉を押し付けると、その話題に飽きてしまったように周りを見渡した。


「そういや、黄龍殿に頼まれごとをしたのだが、常子远チャン・ズーユエンというのはどこにいる?」

「ああ、この子どもだ」


 秋は突っ立っていた常子远チャン・ズーユエンの腕を引っ張り、麻の前に立たせた。


 麻の深緑色の瞳が、常を見透かすように見つめてくる。遠くで見るといつも酒を飲んでいる豪快な人だが、近くで見ると、髪は青みがかった艶やかな黒髪で、目鼻立ちがはっきりとして華やかな顔立ちをしている。


「よろしく、少年。私は泉古嶺洞せんこれいどうにおいて最強の青龍、麻燕マー・イェンだ」

「え、うん。僕は常子远チャン・ズーユエンだよ」


 自分で最強と名乗ってしまう麻に戸惑いながらも、自己紹介をする常。


「元気でよろしい。玄郭げんかくには数日後に出発しよう」


 常の返答はそれほど元気ではなかったが、それを聞いて麻は満足そうに頷いて人差し指をぴんと立てた。


 儀仙堂ぎせんどうでの大会が終わり、政主や門下生は雪雲閣せつうんかくに戻っていく支度をする。常と秋は玄郭げんかくに発つために、同様に支度をするのだった。それぞれの勢力の人間がそれぞれの地に戻っていく。



 黄龍に用事を頼まれていた冷懿ラン・イーも、一度雪雲閣せつうんかくに戻るため、別れ際に常に話をよく言い聞かせるのだった。


「いいですか、常子远チャン・ズーユエン玄郭げんかくへの道中は白虎殿や青龍殿も一緒にいますが、あの二人はある意味問題児ですからね、君自身がしっかりとするのですよ」


 そう言って、路銀を常に渡した。問題児、という言葉で妙に力がこもっていた。昔、冷は何か二人のせいで苦労したのだろうか、と常は思うのであった。


「冷師兄は、黄龍さんにたのまれたことをしに行くの?」


 常がそう聞くと、冷は歯切れの悪そうな返事をした。


「ええ、まあ…… 政主せいしゅにも許可はいただいているのですが、黄龍殿から更なる頼まれごとをされまして、気が重いのです」


「冷師兄は黄龍さんにも頼られているんだね」


 浮かない顔をしていた冷が、常の言葉を聞いて穏やかに微笑んだ。冷の白く節のある手が、常の頭に優しく触れる。


「そうですね、ありがとう常子远チャン・ズーユエン


 冷に頭を撫でられて、常は満足そうに笑った。

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