第5話 閉じ込められた鳥
初めて言葉を交わしたその後も、何日かに一回は
「
少年の問いかけに対し、
「木は……そうだ、私たちの間にあるこれも”木”だよ。この木に触れてみよう。びくともしないし、私たちの身長よりも長いだろう? こんなに大きくなるためには、長い長い年月をかけたのだろう」
「時間がたてばもっと大きくなる?」
「いや、大きくならないだろうね。木は土に根を張って大きくなるんだ。でも、これは切られてしまっているから」
「木は切られて痛くないの?」
「さあ。痛いのかもしれないね。木には口がないから、何を考えているのか私には分からない。さて、先程の”
話ができるのは他の見張りがいない少しの間だけだったが、まるで雪が積もるように話を重ねていった。
外の世界について、
話が尽きることはなく、
たとえ暗い世界しか知らないとしても、話を聞いただけで――見たことのない景色も、色も、匂いも、光も、音も、すべて少年の心の中にありありと描けるのであった。
◆
そのようにして一年ほどが経ち、少年はほとんどの言葉を理解し、流暢に話すこともできるようになった。書物の文字も読むこともでき、詩をそらんじることもできる。
少年は外の世界を見たいと前々から思っていたが、その思いは日を経るごとに強くなっていった。
しかし状況はさして変わっておらず、少年は閉じ込められたままであり
悪しき状況は変わっていなくても、今日も
「……外、見てみたいな。外の世界はどうなっているんだろう?」
「それが、私も外の世界がどうなっているのか分からない。見張りになってからはずっと外に出ていないんだ」
「そうなの?」
少年は初耳だった。確かに長い間見張りとして立っているが、まさか一歩も出られていないとは思っていなかったのだ。
「そうだよ、いくら労役だとしても酷いだろう。だが、私も君も鳥と同じさ。閉じ込められた鳥であっても、心は空を羽ばたいているんだ」
「……鳥。前に言っていた生き物?」
”鳥”は、少年が初めて口に出した言葉であった。少年が頭を傾げると、
「そうだよ。鳥は空を飛ぶんだ。小さいやつもいれば、大きいやつもいる。そして、小さいやつは高い声で鳴く」
「……昔、小さい鳥があまりにも綺麗な声で鳴くものだから、その鳥を閉じ込めてしまおうとした人間がいたんだ。なんとか捕まえるのに成功して、鳥は綺麗な声で鳴いた。でも、だんだんと弱っていったんだ。だから、惜しいけれど空に放すことにした。すると、鳥は自由に空を飛んだ。閉じ込められたことなど、覚えていないようにね」
「君は、外がどんな風になっていると思う?」
少年は想像した。光の下の世界を。太陽があり、木々があり、大きな川が流れている世界を。壮大な自然が広がり、動物だけでなく人々が暮らしている。
「僕は――」
その時であった。
「何をしている?」
声の主は見張りの一人であった。
その見張りは気性が荒く、
二人は話に夢中になるあまり、見張りの足音に気づかなかったのだ。いや、普段やたら大きな足音だったのだが、少年と
二人に緊張が走る。布をどけて中の少年と話をしているのを
「……ただ、話をしていただけだよ」
すると、見張りの男は声を荒げて
「何故見張りが見張る対象と話す必要がある? 常院楼の人間にそいつのことを問いただしたときに、何があっても中の人間とは話すな、目を合わせるな、と命令されただろうが! ただ、俺らは仕事をすれば良いのだ。こいつを一年見張るだけで、自分に課される刑が軽くなると言われたのに、何故お前はその仕事すらもしない?」
「……私は、自分が正しいと思う行いをしたいのだ」
「くそ、官人さまの言う綺麗事には反吐が出そうだ! お前がこそこそと”何か”をしているのは分かっていたんだよ! いつも顔に貼り付いたような、薄気味悪い笑い方をしやがって」
少年は木枠を握りしめながら、思わず目をつむった。布を戻すことさえも忘れて、少年は歯を食いしばっていた。
少年は、木枠から手を伸ばしたが、その手が届くことはなかった。
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