第35話 それぞれの思惑

 大会二日目が始まる。政主たちが横一列に並ぶ席の中央、棗绍ザオ・シャオは内心喜んでいた。玉剣山ユィージェンシャンの妖鬼は昨日で大方が討伐されたらしく、淀んでいた気が澄んだものに変化していたと呪部じゅぶから報告があったからだ。


 この調子ならば、人食い鬼の首が玉剣山ユィージェンシャンの澄んだ気に驚いて姿を現すに違いない。予測するに、山に住み人を脅かす邪魅じゃみの類いのようだ。棗绍ザオ・シャオは今回の大会で根本から災いを断ち、妖鬼を寄せ付けない術を施し、元の穏やかな玉剣山ユィージェンシャンに戻したいのであった。


 元はと言えば、ここ数年棗绍ザオ・シャオが多忙により討伐に参加できなかったため、討伐数よりも玉剣山ユィージェンシャンに妖鬼が増える数のほうが多くなってしまったのである。


 それと同時期に人を食う妖鬼――邪魅じゃみが現れ、人々の噂によるものか漂う悪い気を養分としたのか、みるみるうちに力を付けていってしまった。


 邪魅じゃみが悪い気を玉剣山ユィージェンシャン一帯に絶えずまき散らしていることで、儀仙堂の門下生が皆実力者揃いとはいえ、妖鬼を倒しても倒してもきりがなかったのだ。


黄龍殿こうりゅうどの、酒を飲みましょう」


 その声に棗绍ザオ・シャオが思量の淵から引き戻されると、左横に座っている天弥道てんみどうの政主、顾奕グー・イーが酒の入った甕を持っていた。右頬に縦に入った傷と、それにより白銀色となってしまった右目は否が応でも十年前に起こった戦を思い出させる。


 その傷により表情は憂いを帯び、人ならざる者のように凄みがあると評されることが多い。


 おまけに、顾奕グー・イーは傷の分を差し引いても美丈夫であり巷でも人気がある。だが、棗绍ザオ・シャオ顾奕グー・イーと実際に話してみると、年相応の気さくな青年という印象を持つのであった。本人が言うには、大勢の前に出ると緊張により表情が固くなるため憂いのある風にとられてしまうのだという。


「黄龍殿、儀仙堂の食事も酒も本当に美味しいですね! 特に、この魚のあつものは味に深みがあって、盛り付け方もこだわっているのが分かります。酒が進みますね!」


 顾奕グー・イーの言葉には人懐っこさが表れているが、発した本人はどこか影のある微笑を浮かべている。政主が並ぶ席で緊張しているのか、ここでも表情が硬くなっているらしい。


「酒も料理もこの地の人々による努力の結晶であるからな、そのように言ってくれると作った者たちも喜ぶであろうよ」


 棗が微笑むと、顾奕グー・イーは嬉しそうに器に入っていた酒を飲み干した。


「そういえば、黄龍殿。昨日小冷シャオランと行動していた少年は誰です? 見たことのない顔ですね」


 小冷シャオランとは雪雲閣せつうんかくの門下生、冷懿ラン・イーのことである。顾奕グー・イーの声は、柔らかさのうちに小さな鋭さを持った。


 顾奕グー・イー常子远チャン・ズーユエンのことを探りに来ている。


 緊張しているとはいえど顾奕グー・イーにも、小さな情報も逃さないような、政主ならではの目聡さがある。棗は探りに気づかないふりをして、最小限の情報だけを答える。


雪雲閣せつうんかくに新しく入った門下生だそうだ。冷懿ラン・イーのほうが詳しいだろう、詳細は彼に聞いて頂きたい」


「しかし、小冷は忙しいですからね、私とお話してくれるような時間はないでしょう……」


 天弥道の政主、顾奕グー・イーはしょんぼりとした様子で自ら酒器に酒を注ごうとするので、あわてて棗が酒を注いだ。顾奕グー・イーは何を考えているのか棗にはあまり分からなくて、少しやりずらい。


「政主殿、大会二日目が開幕するのだから、あまり気を落とさずに」


 棗はそう言って玉剣山ユィージェンシャンを見渡した。緑が生い茂り、昨日までとは違って人が食われる噂など無いような清らかな気であふれている。

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