第62話 政主との話し合い

 黄龍の棗绍ザオ・シャオは、各政主との話し合いで忙しくしていた。一昨日は玄郭の政主、昨日は天弥道の政主、本日は泉古嶺洞の政主との話し合いである。


 可愛い甥の棗愈ザオ・ユィーが暁片について思い悩んでおり、常子远チャン・ズーユエンが玄郭に囚われてしまい、各地で不穏な動きもある。棗绍ザオ・シャオの悩みの種は尽きなかった。


 儀仙堂の居龍殿の一室で棗绍ザオ・シャオが座っていると、泉古嶺洞政主の柳聰リウ・ツォンが入ってきた。その佇まいは優雅であり、暑さを微塵も感じさせない。


黄龍殿こうりゅうどの、立夏の大会以来ですね」


 柳聰リウ・ツォンが拱手をすると、棗绍ザオ・シャオが立ち上がってその手を解かせた。


リウ殿、遠路はるばる、ご足労をかけた。そのように畏まらずに」


 猫のように目を細めた柳聰リウ・ツォンしょうに敷かれた席に座った。


「今日話をしたいのは、交易についてと近頃の情勢についてです」

「そうだな。交易について、なにか懸念点があるのか?」


 棗绍ザオ・シャオが問いかけると、柳は自身の両手指を組んだ。


「いえ。今は特にありませんが、私が居なくなったら誰が交易の連絡役を担うのか、考えている最中でして」


「私ならともかく、リウ殿が気にされる必要はないのではないか? それに、泉古嶺洞せんこれいどうは人材も豊富だ」


 天下が乱れた世ならまだしも、同盟勢力の尽力により十年は大きな戦いはない。泉古嶺洞せんこれいどうは門下生が一番多く、書部や呪部についても長い歴史と知識を持っている。棗から見ても、泉古嶺洞せんこれいどうには将来有望な後継者は腐るほどいるのだ。


「そのようなことはありませんよ。泉古嶺洞では数年前から謀殺が起きています。私も例外ではなく、半年ほど前に毒を盛られましたから」


 さらりと自分が死にかけた話をする柳。棗はそれに構うことなく、真面目に交易の連絡役について考えていた。


「では、呪部の郭格グオ・ゴーはどうだ? あの子どもは聡明だ。もう数年もしたら、君のように交易の連絡もできるだろうよ」


 郭格グオ・ゴーは、前に棗が泉古嶺洞せんこれいどうに訪れた際に、案内役を買って出た少年だった。棗に対して物怖じせず、呪部の者たちとも仲が良さそうであり、彼らからも勤勉だと言われていた。そして案内をする際の説明の言葉からも、豊富な知識を感じられた。もし棗が後継者を選ぶならば、この少年だろう。


郭格グオ・ゴーですか。やはり、黄龍殿の慧眼に頼るのがよさそうですね」


 満足げに微笑んだ柳に対し、棗は苦い顔をした。柳が人を褒めるときは頼みたいことがある時が多い。


「褒めても何も出ないぞ」

「別に、何も出してもらおうとしてませんよ」


 柳が貼り付けたような微笑みを浮かべている。いつもこのような表情をしているのは重々承知の上であったが、やりづらいことに変わりは無い。思わず棗は器を手に取り、注いであった氷の入った水を飲んだ。


「そうか? お前なら、交易による取り分をもっと多く、とか言い出しそうだが」

「そうしてくれるなら、もっと言いましょうか?」


 柳の言うことは何が本気で、何が冗談ではないか分からない。どの政主も腹の底の読めない人間が多くて棗は気が滅入りそうだった。ここだけの話、棗は実直な雪雲閣の政主、沙渙シャー・フアンくらいしか落ち着いて話ができない。


「許可はしないぞ」

「じゃあ言いません」


 柳がくつくつと笑う。棗をからかって楽しんでいる様子だ。


「次の話に移るが、近頃の情勢についてはどう思う?」


「はい。“厄災を招く子”に、“暁片”。そして、李紹成リ・シャオチァンの殺害。泉古嶺洞に限って言えば、先ほど言ったように、数年単位で何人もの有力者の謀殺。悪しき物事は絶えません」


「ああ。今起こっていることについて、お前はどう思う?」


 泉古嶺洞せんこれいどうの政主として、柳がどう考えているのか。柳の見る立場によっては、対立も考えられるので意見を探っておくのは重要なのだ。それが本音とは限らなくとも。


「私ですか。……少し出来すぎているかと。だれかが作った道を歩いているような、そんな感覚がします。まあ、私は誰かの道に乗っかるなんて事は嫌ですが」


「柳殿らしいな」


 棗はその言葉を聞いて笑った。柳は腹の底が読めない人間ではあるが、はっきりと自分の考えを言う。柳が自分の考えを言うとき、そこに嘘はないように見えるのだ。


「そういえば、雪雲閣で保護されているとされていた“厄災を招く子”が門下生として自由に動き回っていたという噂は本当ですか? 先日、泉古嶺洞うちの麻燕を黄龍殿の頼みで雪雲閣の門下生に同行させていましたが、その門下生が“厄災を招く子”だったのではないですか? 黄龍殿は何をどうお考えになったのですか?」


 ずい、と柳は棗に身体を近づける。衣服に香を焚きしめているのか、ふわりと沈香のような香りがした。


「お前は本当に明瞭であることを好むなあ、柳殿」


「勿論です。泉古嶺洞うちだけではなく、交易をおこなっている相手の立場に立たないといけませんから。誰だって、厄災が起きている勢力と交易を結びたくないでしょう。真偽がどうであれ、“厄災を招く子”が存在していると人々が認識すれば、真となってしまう。起こる大きなこと全てが厄災だと信じられるようになるのです、まったく関係がない原因によるものであっても」


 柳の言葉には、棗も同感だった。実際、常子远チャン・ズーユエン本人にも同じようなこと伝えたのを思い出した。柳は交易相手のことまで考えているようだが。


「ああ。では、噂が本当だと仮定すると、“厄災を招く子”を殺すほうがいい、とお前は考えるのだろう?」


 柳に確信を持たれているとしても、常子远チャン・ズーユエンが”厄災を招く子”だと言われていたことを棗が肯定するわけにはいかない。


「はい。“厄災を招く子”は我らが同盟にも、この国にも、不利益をもたらします。殺すべきでしょう」


 棗はため息を吐いた。

「……そうだな」


「それで黄龍殿、先程の質問への返答はどうなんです?」


 常子远チャン・ズーユエンについての話からそれたので内心ほっとしていたのだが、どうやら棗は逃げられなかったらしい。


「私は、李紹成リ・シャオチァンの処遇の場でも言った通り、殺すべき理由も知らずに“厄災を招く子”を殺してしまうのはどうかと考えている。万が一があった時のために、白虎と青龍を監視役として置いた」


 柳の暗い金色の瞳が棗の顔を見つめた。柳の質問の返答にはなっていないが、これでは常が”厄災を招く子”であったと言っているようなものだ。


「黄龍殿はお優しいですからね」


「それで、お前はどうする? 同盟内での意見が違うことが分かったが」


 棗は氷のほとんど溶けてしまった水を飲み干し、意を決して柳の顔を見つめた。柳は組み合わせた指を解いて棗を見つめ返した。


「どうしましょうかね……殺しあいます?」


 柳は先程までと同じように微笑を浮かべているが、棗は息が詰まるような思いがした。殺し合う、という言葉が冗談なのか冗談ではないのか分からない。


「それは避けたい」


「ですよね! 私もです」


 棗が内心安堵したその時、儀仙堂の門下生である高敏ガオ・ミンが声をかけてきた。


「黄龍殿、柳殿。お話し中失礼いたします! 天弥道で戦が起こった、と紙鳥で連絡がありました」


 その知らせを聞いて、棗はぞっとした。天弥道で起こった十年前の戦を嫌でも思い出した。戦を起こしたのは十年前と同じ者たちなのか、それとも違う者なのか。


「詳しく説明を述べよ、高敏ガオ・ミンよ」

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