第12話 李绍成の独白

 ”厄災を招く子”を長年地下に閉じ込め、死体を蘇らせる禁じられた術を行っていた李绍成リ・シャオチァンは何を話すのか。雪雲閣一同、そして李氏の部下達でさえも李绍成リ・シャオチァンに対して注目した。


「城歴の地では常河チャンフーが度々氾濫し、古くから人々は被害を被った。


 この地で人々が水害に苦しまずに住めるように、治水を行った者がいた。それが我々、城歴李氏の始まりだという。


 それから長い時が流れ、城歴の人々の生活には水が欠かせなくなった。生活用水や作物を育てる用途だけでなく、常河チャンフーには舟が行き来し、交通や荷運びにも使われている。私が生まれてからは、ほとんど常河が荒れることはなかった。


 しかし、十五年前にまた常河は氾濫し、何十人、何百人という数の人々が亡くなった。


 今の城歴の穏やかな様子からは分からないかもしれないが、被害は尋常ではなかった。不運なことに、現代の李氏に祖先の治水の技術は継承されていない。


 この先も常河が氾濫するならば、更なる死者が出るならば、李氏としては事態を解決しないといけない。


 しかし、解決するすべはなかった。かろうじて出来ることは、にえを捧げ、この地を静めるまじないのみだ。


 もし、その後も氾濫が起きたとしたら、城歴の地の者がそれを許すだろうか?

 

 治水の技術を失った李氏には、城歴の者の乱れた心を落ち着かせることもできないだろう。


 その同時期、呪部じゅぶの予言が重なった。言い伝えにある”厄災を招く子”が常河のほとりにある家に生まれるという予言だ。


 予言のあったその日は、厄災を招く子は殺すのが古くからの決まりだ。


 ――どうせ厄災を招く子を殺すのならば、その九族を皆殺して、荒れ狂う常河チャンフーへの贄としても分からないだろう。


 そう思った私は、すぐに厄災を招く子の九族を皆、部下たちに殺させた。呪部に九族の死体を贄とする儀式を行わせて、氾濫の件はどうにか落ち着いた。


 厄災を招く子など本当はどうでもよかったのだ。私は常河の平安を、民の安全を一番に考えていた。


 そして厄災を招く子は、言い伝えどおりに赤子のうちに贄として九族と同様に殺してしまおうとしていた。


 だが、厄災を招く子を殺す直前、常院楼じょういんろうに書簡が届いた。


 差出人の名はなく、厄災を招く子は法宝ほっぽう暁片あかつきへん”を導く。生かしておけ、とだけ書かれていた。


 暁片あかつきへんとは、それを手にした者は天地を揺るがすほどの大きな力を持つ、と言われている代物だ。暁片あかつきへんを巡って人々が争った歴史がある。その名を知らぬ者はない。


 だが”厄災を招く子”が暁片あかつきへんに関係するという話は一度も聞いたことがなかった。半信半疑ながらも、暁片ならば城歴の地は平安に保たれるかもしれない、と思った。


 我々は常河チャンフーが氾濫したときに治水を行えない。それ以外に城歴を救う方法があるならば、縋りたいと思ったのだ。


 だから、赤子を常院楼じょういんろうの地下に作った部屋に閉じ込めた。死なない程度の最低限の衣食住、それ以外は何も与えなかった。余計な知恵を入れさせないように、文字も言葉も遠ざけた。


 赤子は、ただ暁片あかつきへんを導く存在であればいい。


 そして”あれ”が一歳になる頃、”それ”は起こった。


 ”厄災を招く子”の部屋を見張っていた者が次々に死ぬようになったのだ。


 見張りたちの小さないさかいが剣を抜く騒ぎになり、殺し合いとなった。ある見張りが足を滑らせ頭を打った事故があった。見張りが狂った末に自殺をした。流行病が起きて沢山の人が死んだ。


 あまりにも人が死ぬので、厄災を招く子の見張りを刑罰とした。それでも、さらに人は死んだ。見張りだけじゃない。あの地下に出入りしていた使用人も門下生も死んだ。


 彼らは何故死ななければならなかった? あんなにも多くの数の人間が死ぬなど、許されないことだ。


 死んだ者は二度と還らないのだ、と人は言う。本当にそうなのか? 還らないのはなぜだ? 天がそのようにしているからか? 


 こんなに死んだのは、暁片あかつきへんか、厄災を招く子のせいか?


 ―― 死んだのならば、蘇らせる方法があるはずだと思った。


 死んだ人々を蘇らせる技術があるらしい、という根も葉もない噂が確かに存在したのだ。


 だから、その馬鹿げた”死を生に戻す”研究を開始した。人の道を外れたとしても、禁じられた秘術であっても。覆水を盆にかえすことを望んだ。


 そうして今日、君たちが見た死体たちが研究の成果だ。死んだ見張りや使用人、門下生の身体を使い、術をかけた。


 しかし、不完全な器には、空の心だけがあった。意思があるのかさえも分からない。ある程度操ることはできても、うなり声を上げ、ただ暴れ回るだけだった。


 還ってこなかった。還ってこなかった。二度と還らないと分かっていたはずなのに。どうしてこうなってしまったのか? 私は何を間違えたのか。


 いや、私はすべてを間違えていたのだ。この地の為と言いながら、救われたいのは…… 逃げたいのは、私だったのだ」


 悲痛な声をあげて、李绍成リ・シャオチァンは膝から崩れ落ちた。その後しばらく、皆静かに李绍成リ・シャオチァンが泣く様子を眺めていた。


「……」


 秋一睿チウ・イールイの後ろに立っていた少年は、妙に凪いだ目をしていた。一族が居たとか、今更そんなことを急に言われても、少年には実感が湧かなかったのだ。


 自分が”厄災を招く子”だから、九族が殺された? いや、目の前の人間は、自分の血縁を常河の治水の為のおまけみたいに贄にした? 


 少年は何かを考えようとしたが、何故だか頭が回らなかった。本人は気づいていないが、生まれてから初めて走ったのと、李氏から聞いた情報によって疲れてしまったのだ。


 顎に手を当てながら秋一睿チウ・イールイが口を開いた。


「見張りの者が大量に死んだ原因は、他にはなかったのか?」


「調べさせたが原因は分からなかった。全て、“厄災を招く子“の呪いだろう」


「では、動く死体の術を授けたのは誰だ。おまえが考えたとは思えない。呪部じゅぶの技術のように、高度な技術を要するからだ。呪術や禁術に詳しいような人間……誰か、 誰かが教えたはずだ」


 まっすぐとした秋一睿チウ・イールイの瞳から、目をそらすようにして李绍成リ・シャオチァンは答えた。


「それを教えることはできない」


「何故だ?」


「約束したからだ、絶対に口外しないことを」


 それを聞いた秋の目が鋭くなり、剣を抜こうとしたが踏みとどまった。李氏が罪を犯したとはいえど、秋はむやみに斬りかかるわけにはいかない。大きく息を吐いて、柄から手を離す。


「お前の行ったことは前例がない。判部でも刑罰を決めるのは難しいだろう。同盟の決まりに従い、まずは雪雲閣せつうんかくに来てもらう。その後、儀仙堂ぎせんどうで刑を言い渡される」


 秋は射貫くような視線を李绍成リ・シャオチァンに向けた。


「今度こそ皆の前で、知っていることをすべて話せ」

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