第69話 暴君の真意
「
王はそう言ったが、
王が短い刀を手に、
数多の臣下たちが贄となり、血の匂いがこびりついた建物の中で、
「待て、これは何の音だ……?」
遠くから、火の爆ぜるような音が聞こえてきたのだった。始めは小さな音だったが、徐々に音が大きく激しくなっていき、建物が軋むような、悲鳴のような音をあげ始めた。
減った臣下の代わりに働かされていた人間たちが燃えているのだろう、小さく叫び声が聞こえる。
「王よ。太陽が墜ちる時が来ました」
瞬く間に建物は燃え盛り、辺りは赤い炎に包まれた。懐に持っていた短剣”暁片”を手にし、素早く王の脇腹を刺す。
「
刺された王は膝から崩れ落ち、息を荒くしている。髪は乱れ、脇腹の辺りに血が滲んでいるのが見えた。王を刺すことが簡単すぎて、
「……あなた様は、人を贄とするのはお嫌いだったではありませんか」
すると、王は穏やかに話し始めた。最近の王は、怒鳴るか無視するかあざ笑うかのどれかしか反応はなかった。
「猶予がなかったのだ。民は、政に失敗した王を許さないだろう」
「ですが、臣下を殺す必要はなかったはずです。呉植、張回たちも」
呉植や張回は、本心はどうであったか分からないが、捕虜の身であった
「彼らには申し訳ないことをした。王は狂っている――そう思われることで、民の怒りを集約するためだった。飢餓も、病も、戦いも、すべて王のせいだと」
「そう仕向けた先に、一体何があるというのですか……! ここにはもう、誰も居なくなってしまったというのに!」
「そう仕向ければ、このようにして、お前が殺してくれるだろう? 民は、王を悪とすることで生きる希望を持ち続けられる。そのようにして、平安の世が保たれるのだ。誰かが悪とならなければならないと思い立ち、それならば王が悪になるべきだと思った。民が今の苦しい世でも生きていくには、それしか良い案が思い浮かばなかったのだ」
王は狂ってなどいなかったらしい。冷静な判断で、狂うふりをすることを決断したのだ。贄となったのは、紛れもなく王自身だった。
「支えていた太陽を砕くのは、お前が適任だと思った。正直疲れたのだ、飢餓に災害、終わらない戦いに民からの要望や期待にも、臣下たちの視線や人間関係にも、何もかもに。女に溺れるのも、酒に溺れるのも、虚しいだけだ」
「私に、相談してくだされば何か……何か少しでも、あなた様の心を軽くすることができたかもしれない」
「もう遅い、遅いのだよ。何もかもが」
王は臣下を沢山殺した。
「そんな……」
「許せ。”王”を全うできなかった」
そう言い残して、王はこと切れた。
◆
火が燃え盛る。
その時だった、手にしていた暁片が溶けるように
「…………死にたい」
王の計画にはまり、敬愛する王を殺してしまった罪悪感で
炎の中でただ一人、無傷の人間が立ちすくんでいた。それは建物が焼け落ちるまで続いた。
民は”暴君”である王を殺した
◆
「面白いものを見せてもらったよ、これが暁片の真実かい?」
「痛い…………いたいよ、ねえ、今のは、なに?」
「今見たものは、君の先祖、王の臣下の記憶だろうね。王を殺す計画が他でもない本人に仕組まれていたことなんて、なんて悲しいことだろう」
季は歌うように囁いた。波打ったような髪の先が
「……ねえ、お兄さん。僕、お兄さんに暁片は渡さないよ」
血が逆流するように、常の身体中が熱くなっている。常は暁片の柄を、季が握っている上から両手でつかんだ。
「お兄さんに取られても、僕が取り返す。誰にも渡したくない。今の光景を見たら、なおさらそう思ったんだ」
常の意志の強い瞳がまっすぐに季を見つめる。
「君は見ないうちに成長したのだね。だけれど、私は主に逆らえない」
「人の物を奪おうとする主なんて、従う必要ないよ」
常の言葉を聞き、季は遠い目をした。
「うん。でも、私を罰してくれたのは、あの人しかいなかった」
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