第85話 炎に舞う
三人は何も言わずたたずんでいた。霧が晴れるように、煙が薄くなる。そこに、
そのとき、暁片の妖の焦った声が、
「……おい、
その言葉通り、急に
「あ、あつい……!」
どこからともなく、討伐され尽くしたはずの
「大丈夫か、
秋が剣で戦うのを見て、
「おい、
秋が駆け寄った。
しかし安堵したのもつかの間、
「
秋が叫ぶが、常には声が届いていないようで、目は虚ろになり、ぽろぽろと涙を流し始めたのが見えるのみだった。
それもそのはずで、常の頭の中では、暁片の妖の焦った声が響いていたのだ。
「……暁片の始まりは王と臣下の結びつきの証だった。しかし、
「どうすれば、僕はどうすればいい?」
常は頭を掻きむしりながら、炎の中でうずくまった。涙は地面に落ちて、すぐに熱によって乾いてしまう。炎の勢いが更に強まっていく。
「落ち着け、
秋が静かに呟き、剣を構えるとまもなく吹雪が起こった。秋と
雪が降ってきたのに気づいたのか、常が顔を上げた。暁片の妖が、常の頭の中で叫んだ。
「……
「暁片を……壊す? 君は、暁片を探していたんじゃないの?」
「探していたのだが、こちらの剣のほうが居心地が良いからな。それでよいのだ。さあ、折れた剣を突き刺せ、さすれば私の力で壊そう。だが、これは危険な策だ。むやみに暁片を壊せば、暁片と一体化している貴様の身体は、高確率で暁片と共に消えるだろう」
「……消えるのは嫌だな、もっと僕は外を見たい」
常は
「なあ
笑っている場合ではないのに、暁片の妖が楽しそうな声をしている。
「賭け?」
「そうだ、貴様が死んで消えるか、生き延びるかの賭けだ。このままでは、暁片の憎悪に灼かれて貴様は遠からず自ら死を選ぶだろう。憎悪を背負ったまま運良く生き延びたとしても、やはり”厄災を招く子”だったと言われて殺されるだろう。暁片を壊したならば、貴様は高確率で暁片と共に消えるだろう」
「それじゃあ、どの選択をしても僕は死ぬじゃないか」
「いいや、わずかな確率だが生き延びる道がある。当然だが、失敗すれば貴様は死んで跡形もなく消える。どうだ、賭けてみるか?」
生き延びる道が何なのか、暁片の妖は教えてくれなかった。だが、他に選択肢がないのなら選ばざるを得ない。
「うん、分かった。賭けに乗るよ」
「良かろう! では
常が頷いて、剣を取り出すために胸を手に置いた。前と同じように、更なる痛みと共に赤、青、黒、黄、白、様々な色が混ざり合うような視界となった。常の胸部から青銅の柄部分がゆっくりと姿を現す。しっかりと柄を両手で握る。深呼吸をして、目を閉じる。
「心配ないよ暁片、僕は一度見ているんだ」
するりと胴体から引き抜かれしは、かの剣”暁片”。
気づくと、ぼやけた輪郭の人物が傍らに立っており、しゃがみ込んで常の肩に手を置いた。
「……師兄?」
秋は苦しんでいる常の姿に居てもたってもいられず、氷の柱を作りあげて
そして秋は炎の中に入って初めて理解した。確かに熱くはあるが、これは炎ではなく身を焼くことはない。だが、長い年月をかけて積み重なった人々の憎悪が、嘆きが、秋の心を灼けつくそうとする。この苦しみを常は一人で味わっていたのだ。
「師兄、手伝ってほしいんだ。この炎を止めるために、僕は暁片を壊す」
秋は珍しく不安そうな顔で常を見つめたが、常のまっすぐな瞳に何かを感じたのか、しっかりと頷いた。
「ああ」
常は、暁片の妖の住処となっている折れた剣を取り出して、暁片に突き刺そうとした。だが抵抗するように暁片の周りに風が巻き起こり、剣の先を暁片に近づけることができない。
秋が常の持つ折れた剣に手を添えた。
「
「うん」
二人は折れた剣を共に暁片に突き刺した。一際強い風が巻き起こり、暁片の妖の高笑いをする声が響く。
徐々に暁片にひびが入り、やがて粉々に割れた。
青銅が炎の色を映して輝き、雪が舞い、暁片のかけらも共に風に舞い上がる。
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