第三章 儀仙堂の大会

会合

第19話 回想と嘘

 書部しょぶが各地に派遣され会合が周知されてから七日後、泉古嶺洞せんこれいどう雪雲閣せつうんかく天弥道てんみどう玄郭げんかくの各勢力は儀仙堂ぎせんどうに集った。


 儀仙堂ぎせんどうは一年に一度会合が行われる地であり、人々は活気づいている。長く政主せいしゅが統治しているため、情勢が安定しているのだ。


 まず、城歴じょうれき李氏を捕えている雪雲閣せつうんかくが朝早くに到着した。その後に玄郭、天弥道、泉古嶺洞と続いて到着した。


 儀仙堂ぎせんどうでは会合と妖鬼討伐大会の準備のために、門下生と思われる人々が慌ただしく働いている。皆が明黄色の深衣や袍を着ていることからも分かる。


 雪雲閣政主の沙渙シャー・フアン秋一睿チウ・イールイ冷懿ラン・イー、そして門下生の一人として常子远チャン・ズーユエンはその後ろに控えていた。


 手続きを終えて大広間に入る。薄い金色の紗の布が至る所に掛けられて、風に揺れている。漆塗りの調度品である几や屏風などが整然と並んでいる。


 常は、儀仙堂に着く前に秋が言っていたことをぼうっと思い返していた。



 数刻前、儀仙堂の門へと続く一本道を歩く秋と常、そして冷。道の脇には露店が出ており、食べ物やら身につける飾りやら怪しい煙の出る香やらが並んでいる。軒車に乗った政主せいしゅと他の門下生たちは後からゆっくりと着いてきている。


 常はきょろきょろと辺りを見回し、道を歩く人々や並んでいる露店を不思議そうに見つめている。城歴や雪雲閣以上に華やかで栄えていて、常の興味を引く物が多いのだ。


 ずっと何も話さずにただ歩いていた秋が急に常の名を呼んだ。露店に釘付けになっていた常が秋を見つめると、いつも通り黒い外套を着て、射貫くような鋭い目つきで、感情の無さそうな低い声だ。


「会合の間、雪雲閣は守りに徹する。だが、呪部と門下生だけではお前を守るためには心許ない。”厄災を招く子”であったことは隠し、お前を儀仙堂に連れて行く。誰に聞かれても、自分を雪雲閣の門下生とだけ言え」


 そう言ったきり口を噤んでしまった秋の顔を、言葉を待つように常がじっと見つめる。


 二人の様子を数歩ほど後ろから見ていた冷が話し始めた。


白虎殿びゃっこどのの言葉が少なすぎるので、私から説明しますね。白虎殿びゃっこどのが留守の雪雲閣は、実力者である呪部と門下生たちによって、妖鬼や敵に対して守りに徹します。


 それはいつものことですが、今回は儀仙堂の会合により、”厄災を招く子”が雪雲閣にいることが皆に知れ渡ることになります。真偽はどうであれ、すぐに人々に広まるでしょう。


 つまり、君の命を脅かしたり心身を痛めつける妖鬼や人間がいつもの比ではないくらい出てくると考えられます。雪雲閣に君がいたならば絶対に狙われるでしょう。儀仙堂にいる白虎殿や私は、遠い雪雲閣にいる君を守ることができません。


 ですから、君を守るため、そして敵を欺くために儀仙堂に連れてきたのですよ」


「それじゃ、雪雲閣の人たちはどうなるの?僕のせいで攻め込まれたら…… 」


「大丈夫ですよ。雪雲閣の人々は守りに強いのです。雪雲閣は雪山にあるでしょう?あそこを登るだけでも体力が減りますし、呪部じゅぶの陣は堅固です」


「でも…… 」


「安心しろ」


 秋がそう言っていたが、常は不安だった。あの暗い牢の外で苦しむ人々を、殺し合う人々を、動く死体に食われたあの人を鮮明に思い出してしまう。自分のせいで人が死ぬのはもう見たくはない、と思うのだ。



「―― 雪雲閣の方々は、こちらへどうぞ」


 儀仙堂の門下生に促されて、雪雲閣の面々が歩き出した。大広間には心地よい風が吹き、薄い金色の紗でできた布が揺れている。淡い陽光が射していて部屋全体が明るい。


 常は現実に引き戻されたようになって先程の出来事を思い出すのをやめた。


 親鳥の後ろを歩く雛のように、秋や冷の後ろをちょこちょこと着いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る