第32話 頼み事
「…… と
黄龍の証である明黄色の外套を、袖を通さずに肩に掛けている。近くで見るとより棗の容貌が整っているのが分かった。
その形の良い唇が動く。
「”厄災を招く子”は争いの種となる暁片の導き手であることから、そう呼ばれるようになったと私は考えている―― 大会前の会合の時に言った通りだ。
しかし、まだ暁片には沢山謎があるのだよ。どのような形をしているのかも、どうやって導くのかも分からない。
何の目的で作られたのかも、強大な力とはどのようなものかも分からない。さらに、君が
李が言ったように、常院楼で人が何人も死んだのも、君が招いた厄災だと結論づけることもできるのだ。
”厄災を招く子”が事件の起こる原因だとすることはとても簡単だ。簡単だから、人々は”厄災を招く子”に全ての責任をなすりつけるだろう。
しかし、それに反して君が厄災を招かなかったという証明は難しいのだ」
そう言って、棗は常の口元に向かって長い人差し指を突きつけた。風が吹き、黄金の糸のように棗の髪がきらめいてふわりと波打つ。赤い瑪瑙のような瞳は月が欠けるように細められている。
常が文才に長けていたならば、この光景を詩で表しただろうし、琴に長けていたならば曲を作っただろう。常は自分が厄災を招くのだと暗に言われているのにもかかわらず、この先忘れられない光景になるだろうと思った。
「導き手の子よ。
それでも、幸運にも生きながらえて得たその身体で走り、その頭で考え続けよ。か弱く物を知らぬ雛鳥よ、最善を見つけ出せ」
常は棗の言葉に気圧されたように立ち尽くしていたが、言葉を反芻するようにゆっくりと瞬きをした。常の身体に棗の言葉が染み渡っていき、息を小さく吸った。
「うん。僕は…… なにもしてないんだ。なのに、僕はずっと閉じ込められて生きてきたし、言葉を教えてくれた友人は死んだ」
どんな理由であれ、なにか一つが違っていたならば
「そんなのは、もう嫌だ。だから、僕はこの先後悔しないために、自分を知りたいと思うんだ」
このとき、常の深い色の瞳には、今までに無いような強い意志が宿っていた。暗くて狭い部屋の中で育った者だけが見せる漆黒。己の天命に絶望したことのある者だけが持つ暗闇。それらを乗り越えて、自身の持つ影を内包した一筋の光。
誰かに言われるまま、よく分からないまま生きていた少年は一歩を踏み出した。餌を与えられるだけだった雛は、自分の意思で羽を広げるようになったのだ。
冷は目を丸く見開いて、常の瞳をずっと見つめていた。常がこんなにも強い意志を持った子だとは思ってもいなかったのだった。ただ守られるだけのか弱い少年だと思っていた。であるのに、どうやらそうではなかったらしい。
常と冷の姿を見て棗は満足そうに微笑み、歌うように言葉を紡いだ。先程までの得たいの知れない不気味さは微塵も感じさせなかった。
「では、手始めに
取り出したのは、一枚の木でできた
「
「全部…… !?」
「そう多くはない。お前の能力を考えても夏の間……立秋までには調べ終わるだろうよ」
驚いた様子の常を見て、棗は安心させようと、全く安心できない数を言った。今日はちょうど立夏で、立秋までは四月、五月、六月。つまり、三ヶ月ほどかかるということだ。
「そして、最近暇そうだったので青龍の
青龍と聞いて、常は会合の時に酒を浴びるように飲んでいた泉古嶺洞の豪快そうな女の人を思い出した。
そして、常に伝えるべきことを伝えた棗は冷のほうを向き、不敵な笑みを浮かべた。
「
「はい…… ?」
冷は玄郭に自分も同行するつもりでいたが、棗にまた変なことを命じられるのを察知して気を引き締めた。
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