第74話 玉剣山の火事

 天弥道に妖鬼が出たのと同じ頃、儀仙堂では玉剣山の一部が燃えるという一件が起こった。棗绍ザオ・シャオとしては一刻も早く天弥道に向かいたかったが、自分の統括している土地を放っておくこともできない。呪部と門下生たちの消火により、大きく燃え広がることはなく、けが人もいなかったのではあるが。


「自然に起こった山火事とは思えないな。ここを見てみよ、人のいた痕跡だろう」


 黄龍、棗绍ザオ・シャオは自ら玉剣山の火事跡に赴き、門下生たちと共に様子を見て回っている。


「叔父上。こちらは完全に燃えていないようですけれど……」


 付き添いの棗瑞玲ザオ・ルイリンが、火事で大方焼けた死体の山を指さした。ほとんどは炭のようになってしまっているが、中には肉体がそのまま残っていそうな死体もある。臭いがきついため、棗绍ザオ・シャオは顔を顰めた。


「ほう、これは珍しい」

「この死体、人間にしては腕の関節が一つ多いですね。あら、こちらの死体は二丈ほどの身長でしょうか」


 怖がることなく、棗瑞玲ザオ・ルイリンは死体の山に近づいて細かく観察していく。

 おなじように死体の山に近づいて見ていた門下生の一人がため息を吐いた。


瑞玲ルイリン殿、これらの死体はまるで、人間ではない別の物を生みだす研究をしているようで気色が悪いですね……」


 その言葉で、棗绍ザオ・シャオに思い当たることがあった。


「そういえば、大会で玉剣山に邪魅じゃみのような妖鬼が出ただろう? 玉剣山に度々出没し、妖鬼の首と呼ばれていた存在だ。白虎から、その正体は邪魅ではなく死体を元にした存在だったという報告があった。さらに、死体の胴体には霊符をつけられていた。瑞玲ルイリン、霊符の種類は何だったか覚えているか?」


「はい。人寄せの霊符に形が似ていましたが、呪部によれば、人を寄せるのではなく、人のいる場所に近づく効果があるとの話でした。元は、見知らぬ土地に迷子になったときなどに使う霊符らしいです」


 玉剣山の大会で秋が妖鬼のしゅを斬った際に、死体の胴の前に貼られていた霊符が手掛かりとなりそうだ。だが、積みあがった死体は、もうすでに焼けてしまって霊符は見当たらなかった。


「妖鬼の類いが人に近づいても、人に危害を加えるとは限らない。しかし、危害を加えるように命令されていたらどうなる?」


「命令することが可能なのですか? 相手は妖鬼ですよ?」


「いくらでもやりようはあるだろうよ。例えば、音や匂い。鈴を鳴らしたり、香を焚くことで妖鬼を操る。他には、文様だな。最近は廃れているが古くから用いられている手法で、形を組み合わせて複雑なまじないとする。たしか、まだ雪雲閣では玉に文様を彫ったり、外套の刺繍などに文様のまじないが使われているはずだ」


 棗绍ザオ・シャオが悪戯を思いついたときのような顔をして、言葉を続けた。


瑞玲ルイリンよ、これらは主に妖鬼除けに使われるが、逆に妖鬼を呼び寄せることも可能だとは思わないか?」


 瑞玲ルイリンは頷いて、棗绍ザオ・シャオに先程問われたことを考えてみることにした。


「では、人に近づく霊符を貼られた妖鬼が人に危害を加えるように命令されていたとしたら……妖鬼は近くにいる人間を喰うようになる――」


 二人の頭の中に、玉剣山の妖鬼のしゅが暴れたときの状況が思い出された。妖を死体に入れ、人に近づく霊符を貼り、人を襲うように仕向ける。妖は殺した人を喰い、死体を核として成長する。


「叔父上。あの人食い妖鬼のしゅが、この死体たちの研究で作られた成果ということはありえるでしょうか?」


 人を喰う妖鬼のしゅは、数年前に現れるようになった。時期的にも合致する。


「十分ありえるな。この火事は、その証拠隠滅を図ったか、それとも」


「――それとも、わざと私たちにこの場所を教えることで、私たちを足止めしているのか……ですかね?」


 瑞玲ルイリンは不安げな表情をしたが、対して棗绍ザオ・シャオは口角を上げた。


「問題ないよ。たとえ私たちがここで足止めされても、私たち以外の者は動けるのだから」

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