第45話 青龍の立場
店主の身を判部に引き渡した三人は、
三人が半刻も歩けば、すでに家や店はなくなって、道の周りには緑が広がっている。空は青く、雲がゆったりと流れていく。そよ風が吹き、
「穏やかだねえ。こんな時には、酒を飲もう!」
いつものことであるが、
干した
「もしかして、あまり好きじゃないかい?」
「ううん。友達のことを思い出しただけ」
しわしわとした赤茶色の果実を
「…… おいしい」
常がそう言うと、
「そうだろう? 私は儀仙堂に来たら必ずこれを買うんだ。酒に合うからね」
干し
「酒の飲みすぎには注意しろ」
そのまましばらく歩いていたが、後ろを歩いていた常のほうを麻が振り向いて、後ろ向きに歩きだした。
「ねえ
「…… !」
常は声も出せずに、秋のほうを向いて、助けを求めるようにその瞳を見つめた。
「ああ、そんなに怖がらないで。黄龍殿から聞いた情報から、なんとなく分かっただけだよ。暇そうだから
麻は、酒をあおりながら空いているほうの手を大きく動かした。
それを見て、今まで喋らなかった秋が短く尋ねた。
「お前は、どの立場だ?」
常は自分の脈が速くなるのを感じた。常を罵倒し、幽閉した
麻が不敵に笑った。
「私はどうでもいい、かな。厄災が起ころうが何が起ころうが、私ならそれを終結させられる自信がある。でも、
「だろうな」
「門下の半数ほどの人間は、
「え……半数? 」
常が瞬きをしていると、秋がため息をついた。
「あまり変なことを言うな」
「つい揶揄いたくなっちゃって。だって“厄災を招く子”なんて、あんまりお目にかけられないでしょ?」
おちゃらけた様子で、麻はくるくると踊るように歩いた。
「
諫めるように、秋が麻の名前を呼ぶ。
「分かった、やりすぎたよ。
麻が頭を掻いた。青みがかった黒髪が、さらりと揺れる。
「青龍さんみたいな人でも、変わりたいって思うんだね」
常は干し
「うん! 私はよく悪口を言われるんだ。強さも、性格も、髪や目の色もおかしい。人の子じゃない、ってね。私もなるべく悪口は言われたくないんだ。だから、変わりたい。私の強さも見た目も変えられないけど、性格なら変えられるからね」
麻は口を大きく開けて笑った。形の良い白い歯が見える。
常はその様子を見て、冷が麻のことを見ていて気持ちのいい性格だと言っていたことを思い出した。その性格は、たとえ目の前が真っ暗であろうとも、陽が照らすように前向きで明るい。
それからは穏やかな緑の中を半日ほど黙々と歩み進んで、三人は途中休憩をはさんだりして歩き続けた。
常は
退屈を紛らわすためなのか、麻が飛のまじないを利用して飛び跳ねて歩いたりした。しばらくして、陽が傾いてくる。
「あ! もうすぐ着くよ。あれが玄郭のある地だ!」
麻は遠くに建物が見えてくると一気に元気になって前方を指さした。大方、少なくなった酒を補充できるから元気になったのだろう。
◆
「玄郭の色は黒、
麻が、秋の黒い外套を見て言った。玄郭を表す色は黒であるのに、秋の外套は白ではなく黒く染まっている。
玄郭の地に入ってから、人々が秋に注目しているのは常の目にも分かった。外を出歩いている人間はそう多くない。三人が通りを歩くと、秋を見てなのか、人々がひそひそと内緒話をする。それは心地の良いものではなく、常は言いようのない不安を感じるのだった。
「被るのは承知の上だ」
「それならいいけど。妖鬼の血を浴びすぎたから、白い外套が黒く染まった、だっけ? 噂にしては面白いよね」
「違うの?」
常が尋ねると、秋と麻は頷いた。
「ある程度浴びてはいるが、あれは洗えば取れる汚れではある」
「そうなんだ…………」
初めてその噂を聞いたとき、かっこいい噂だな、と常は聞いて思った。それなのに、本人から妖鬼の血は洗えば取れると言われて微妙な気持ちになった。
「妖鬼の血で黒く染まるっていうなら、私の外套も今頃黒くなってるさ」
そう言う麻の外套は、濁りなき
妖鬼の血が容易に取れる汚れであるのならば、秋が黒い外套を着ているのは他に理由があるということだ。本来は白であるはずの外套がなぜ黒色なのか。常はその理由を聞いていいのか躊躇い、結局口を噤んだ。
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