第9話 原因不明の轟音
城歴の李氏との交易を結ぶため、
城歴は
城歴に住む者たちは
城歴李氏は
軒車を降り、常院楼の入口に向かうと、使用人たちを数人伴っている人物に迎えられた。建物の
「
主である
「李殿、これはなんとも風流ですね。一年中雪が降り積もる雪雲閣には行えない素晴らしい意匠です」
「ええ、
忙しいため他の土地へ出向くことが難しい政主や、口下手な
大広間に着くと、皆の席が用意してあり、長几の中央には酒樽が置かれ、その周りには焼いた肉や魚などの料理が置かれていた。
「これは…………?」
皆が困惑したように立ち止まっていると、
「まずは本題に入る前に、皆様にくつろいで頂こうと思いまして」
「お気遣いありがとうございます、李殿。しかし、私どもは話し合いを……」
「ほら、遠慮なさらずに座ってください」
ほどなくして宴が始まった。
秋とて盛り上がっている場を壊すことはしたくない。会合だけならば仕事として割り切れるため、交易の交渉に出向いたのだ。宴は違う。仲良くない相手と酒を飲むと往々にして相手は秋に馴れ馴れしく接するようになる。酒を通すと、相手の思惑や人柄が透けて見える。喋っていないだけなのに、不機嫌だと思われたり、睨んでいると勘違いされることも今まであった。そういうわけで宴の場は苦手なのであった。
そのうえ、
とどめとして、城歴李氏が”厄災を招く子”を閉じ込めているとの噂を聞いたことで得体のしれない胸騒ぎがする。食事や酒で胸騒ぎを払拭しようとしても、妙な噂が気に掛かって心は晴れない。
「
そのとき、
「……いえ。とても美味しく頂いています」
普段なら言わないような言葉を口に出し、秋は誤魔化すように酒をあおった。
食事は雪雲閣のある地方の濃くて塩辛い味付けに寄せてあったため、秋の口に合った。
しかし、どれだけ秋が宴に集中しようとしても、城歴李氏の噂が頭の中から振り払えなかった。
今まで雪雲閣は城歴の地と細々と交易を行うにとどまっていた。だが、雪雲閣への物資の供給を安定させるために、より堅固な交易を行いたいという政主の考えから行われることになった重要な話し合いであるというのに。
「そろそろ本題に入りましょうか、李殿――」
冷がしびれを切らして交易についての話を持ちかけようとした。
その時、爆発音のような何かが崩れるような、けたたましい轟音が
「何事だ!?」
人々はざわめき、困惑の感情が顔に現れていた。
秋は傍らに置いていた剣を手に取って立ち上がり、すぐさま音のあった方向へ走り出した。異変をこの目で確かめに行くためである。このとき、この宴の場から一刻も早く離れたい、という気持ちもあったが。
「
焦った冷の言葉は、秋には届いていない。素早く常院楼の大広間を出て、水の流れている複雑な形の通路を抜ける。
黒い外套をはためかせて走りながら、秋は考えていた。
轟音が起こった時、彼は瞬時に
李氏が知らないならば、ただの災害か、事故か。
それとも、李氏ではない誰かの仕業なのか。
慌てふためいている人々の表情とはちがう、静かな水面のように凪いだ表情をしている者を探す。誰かの仕業なら、そのような表情をした人間が轟音の原因だ、と秋は判断した。
通路の奥から、使用人だと思われる人間たちが次々に逃げてくる。凪いだ表情をした人間はこの中にも居ない。
人々が逃げてくる方向に音の原因があるのではないかと思い、秋は常院楼の通路の先へ向かう。
「ここは――――」
常院楼の奥の奥、人の気配すらもなくなっていく場所に下の階への通路があった。
物陰にひっそりと存在する階段はまるで人の目から隠されているようで、目の良い秋でさえも見逃しかけたほどだ。踏み固められただけの土でできた階段は湿っており、いつ崩れてもおかしくない。
下りると一本の線のような通路があり、通路は荷車が難なく通れるくらいの十分な広さであった。通路は暗くて先がほとんどなにも見えず、かろうじて左右にいくつかの部屋があることと、奥には比較的大きな空間があろうことが分かった。かすかに水のしたたる音がしており、何か肉が腐ったような変な臭いがして、秋は顔をしかめた。
奥に向かって歩いて行くと、先程の音の原因であろうか、木材の破片やらが足下に散らばっていた。
地面に落ちている木材は、通路の一番奥正面の部屋に付けられた格子状の柱だと次第に分かった。
柱のうち数本が折れて、人が出入りできそうな大きさの空間ができている。格子の中には薄い布が掛けられており、部屋の中はよく見えない。
部屋の前には人が二人倒れており、
部屋の外に付けられた格子状の柱、そして見張りが二人。
丸く掘られた地下空間。この場所は”何か”を閉じ込めているのではないか、と秋は辺りを観察しながら推測した。
剣を構え暗い部屋の中に入り目をこらすと、そこには人影があった。さっきの音で崩れたであろう壁や物の破片や埃が舞っている。
「お前は――」
秋はせき込みながらも人影に語りかけて近づいていく。
秋より一回り、いや二回りほど小さい輪郭の人間が暗闇に立っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます