第76話 雪花の主
常院楼の地下で、ひとしきり涙をこぼした
「そろそろ準備は整った頃かな。私たちも向かおうか」
人の身長ほどの直径がある大きな陣を展開する。円の中には、狗のような文様が現れている。しばらく経たないうちに、陣全体が炎のように赤く光りだした。
「どこに行くの?」
「十年前の戦が起こった地、
手や顔に、何か小さくて冷たいものが降りてきたのだ。涼しかった地下は肌寒くなるほどの気温となり、吐く息は白くなった。
「これは、雪?」
「…………ああ、彼が来てしまったね」
陣の放つ赤い光に照らされながら、
「そこにいるのは……もしかして、
「……霊剣“雪花”の主、白虎の
「…………師父なのですか?」
雪が降る。今度は二人の目に見えるほどの雪が、赤い光に照らされながら舞っている。そして小さく輝きながら、地面の上で融けていく。
「師父? お兄さんが?」
「…………」
季は答えない。
「そうだ。君の横にいる人は、私がずっと探していた師、
「違う。私にはもう名などない」
季が目を伏せた。
「お兄さん。お兄さんが昔居たのって、雪雲閣なの?」
「…………何もかも、捨てたのに。なんで今になって、私の目の前に現れる?」
悲痛な声だった。いつものような得体の知れなさではなく、脆さや危うさを感じさせる。今手を離せば、すぐに崩れてしまいそうだと常は思った。
「師父。私はずっと貴方を探していたのです」
秋はまっすぐに季を見つめた。その目の中の夜空が曇ることはない。
「そんな言葉などいらない……! 今更、止めようとしないでくれ……」
「私は、白虎という役職を守ってきた。師父よ、貴方こそが白虎にふさわしいのだと」
「違う、違うよ。
季の目から、ぽろぽろと涙が零れる。
常は季を見つめながら、今まで聞いた話を思い出していた。常の目の前に度々現れる、禁術を使う滑らかな声をした名乗るべき名のない青年。その青年が語る、禁術を使ったことにより追われる身となり、襲ってきた門弟を殺してしまった話。秋による、破門となったが、とても強いもう一人の師匠がいた話。
「同じ人だったんだ……」
考えこんでいる常の首筋に刃のようなものが当たる。一歩でも動けば、首を斬られる。常は今までに向けられたことのない静かな殺意を季から感じ取った。
「……お兄さん?」
「これはね、
気づかないうちに、常の頭上に小さな赤い色の陣が浮かんでいる。円の中には牛の文様がかたどられている。
「師父! なぜそのようなことをするのですか! あなたは人を脅すような
「
移動用の陣が大きく展開し、季は常の首元に窮奇の陣を向けつつ、その中に入る。
「
秋は駆け、二人が入った陣に手を伸ばして滑り込んだ。
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