第47話 不安と掟
蔵書殿を出て、三人は宿屋に向かった。宿屋に入ると、店主の疑うような視線が突き刺さったが、政主の名を出した途端優しいものになった。その視線に
部屋は二部屋とったが、酒を携えて
「酒を飲むぞ!」
どこから調達してきたのか、
「酒を飲んでいるのはいつもだろう」
「それが、最近飲めていなかったんだよ! 師兄が殺されたり、師弟が殺されたりしてね! 毒を盛られた者も居るからって、酒は控えるようになんて言われちゃってさ」
殺された、ということをさらりと言ってのける麻。それを聞いて、常は恐ろしく思った。麻は人の死に慣れている、と。
一方の秋は、普段麻が酒を飲みすぎているから、この混乱に乗じて酒を飲ませないようにしているのでは、と思ったが言わなかった。
「今は飲んで大丈夫なのか? 刺客が居ないとも限らない」
秋が聞くと、麻は歯を見せて笑った。
「ここで死んだら死んだ、だろう? まあ、うちの
指の長さと同じくらいの大きさで、銅でできた
「おっ興味津々だね、
四甕もの酒を見て、秋が言った。
「
「それもそうだね! ……
どこから持ってきたのか、麻が酒器を出して酒を注ぎだす。すかさず、秋が常の前には
「おまえは酒はだめだ」
「えー、これあんまり好きじゃない」
仕方なく、漿をちびちびと飲みはじめる。
常が漿を飲み始めるのを確認してから、秋は酒器を手にして麻に問いかけた。
「それで、どうして
「それが分からないんだよ。毒や針を使ってだまし討ちのように殺されていてね。それもそうで、殺された師兄と正面で戦っても勝てる者は、
そこで麻は一呼吸置くように、翠玉のような瞳で秋を見つめた。秋も、麻をまっすぐ見つめ返す。
「青龍は絶対に人を殺してはいけない、そうだろう?」
妖鬼を倒す役職の者は、生きている人間を絶対に殺してはいけない。ただでさえ人を殺したら大罪になるが、青龍・白虎・朱雀・玄武は特にその掟に縛られている。
自分を殺そうと人が襲ってこようとも、敵と戦うことになろうとも、人を殺してはならないのだ。古くからある
その理由は、妖鬼をただでさえ多く討伐するのに人間を殺してしまったら、何かきっかけがあったとき、また人間を殺すようになる危険性があるからだ。その昔に黄龍であった者が決めたとされているが、この掟に欠陥があるのも事実である。
「ああ」
最低限の返事だけを秋が返した。その短い返事に、数えきれない何かの重みが乗っている。
「何かが崩壊していくような、そんな言いようのない不安が
酒器に口をつけたが、何を思ったのか麻は飲むのをやめてしまった。酒器を弄び、傾けては水面に波を立てる。常はその様子をじっと見つめていた。こんなに静かに話す麻を初めて見たからだ。
「まったく。夜は暗いから、つい弱音を言ってしまうね。やめだやめ、人が死ぬとか殺されるとか、子どもの前で言うようなことじゃなかった! 楽しい話をしよう」
麻は、まるで霧をかき消すように、手を大きく振った。
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