第46話 蔵書殿の中で

 常子远チャン・ズーユエン秋一睿チウ・イールイの外套の色について聞こうか聞くまいかと考えている間に、玄郭げんかくの中心にたどり着いた。


 玄郭中心部には瓦屋根の大きな建物、蔵書殿がある。蔵書殿をぐるりと囲むように灰色の背の高い塀が築かれている。


 常子远チャン・ズーユエン棗绍ザオ・シャオからもらった令符を掲げるように見張りに見せた。見張りは頷いて、門を開けた。令符を見せるだけで、門の中にすぐに入ることができる。


「この令符の効力は強いね、私も黄龍殿にもらってやりたい放題しようかな!」

 麻燕マー・イェンが冗談なのか冗談じゃないのか分からないことを言って、跳ねるように歩いている。


「令符なしでも自由に行動しているように見えるが」

 秋一睿チウ・イールイ麻燕マー・イェンに呆れながら門をくぐる。


 蔵書殿ぞうしょでんと思しき建物は、木を幾重にも組んで作られており、荘厳な雰囲気を放っている。屋根の上の黒い瓦は重たそうで、雪雲閣せつうんかくの静かな雰囲気とも、儀仙堂ぎせんどうの洗練された雰囲気とも違う。高床式のため階段を上がって建物の中に入ると、壁一面が書庫となっており、書部の人間が働いているのが見えた。


 その中にいたのは冥色めいしょく直裾袍ちょくきょほうを着た玄郭の政主せいしゅ于涵ユィー・ハンだった。

 玄色の外套は着ていないので、書部の者たちに溶け込んでいる。書部の者に指示をしたり、一緒に書物を運んだりしているため、政主だと言われなければ分からないほどだ。

 儀仙堂ぎせんどうの会合の時とは違い、動くためなのか髪をすべて結い上げている。白粉や頬紅もしていないが、白くきめ細やかな肌をしているのが遠目でも分かる。


 于涵ユィー・ハンが三人に気づいて、声をかけた。


青龍殿せいりゅうどの白虎殿びゃっこどの、そして雪雲閣せつうんかくの門下生かな、どうしたんだ? もう日も暮れるから明日にしてくれると嬉しいんだが」


 于涵ユィー・ハンが丁寧ながらもはっきりと要望を伝えると、珍しく秋一睿チウ・イールイが前に立って話をした。


「明日また来るが、手短に話をすると黄龍殿こうりゅうどのの指示だ。暁片、並びに“厄災を招く子”について、ここにある全ての書物を調べたい。忙しい所すまないが、頼む」


 秋がそういうのと同時に、常子远チャン・ズーユエンはすかさず令符を于涵ユィー・ハンに見せた。なつめと龍の形が彫られた木の札を見て、于は頷いた。


「なるほど、確かに儀仙堂ぎせんどうの令符だ。承知したよ」


 興味なさそうに書庫の周りををうろうろしていた麻燕マー・イェンが、于に尋ねた。

于涵ユィー・ハン政主、私たちは宿無しなんだが、玄郭にどこか良い宿はないか?」


玄郭げんかくには二つ宿がある。どちらも良い宿だよ。私の名前を出せば良い。より細やかな振る舞いをしてくれるだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る