第38話 妖鬼の力

 雷が落ち、轟音が鳴り響く。


 妖鬼の腕を斬った後、妖鬼の体から地面に降りた秋一睿チウ・イールイは、冷懿ラン・イーの元に走った。

 少し遠くで小さな妖鬼の群れを斬っていた冷懿ラン・イーがそれに気づいて話しかける。


白虎殿びゃっこどの、あの大きな妖鬼は…… 玉剣山ユィージェンシャンに住むと言われる妖鬼のしゅですよね。人を食って、ここまで大きくなったのでしょうか」


「先ほど腕を切ったとき、なぜか斬った感触が軽かった。何か理由があるのか……。次は胴を斬る、冷懿ラン・イーよ援護を頼む」


「はい!」


 そう言うと同時に、冷懿ラン・イーは霊符を六枚取り出した。妖の気に当てられていない門下生たち五人と共に並び、皆自分の剣を取り出した。妖鬼のしゅを取り囲むように霊符を六枚飛ばして空中に配置する。


 すると、それぞれの霊符から銀色の糸が妖鬼に向かって伸びてくる。冷懿ラン・イーが剣の切っ先を妖鬼に向け、小さく円を描くように剣の先のみ回すと、織物を編むように六本の糸が寄り合わさって妖鬼の体に巻き付いた。真上から見ると、編まれた糸が雪の結晶のように見える。


 これは雪雲閣せつうんかくに伝わる技の一つで、銀色の糸により相手を拘束して身動きが取れないようにするのだ。糸は熟練者であればあるほど強固でしなやかとなる。


 秋一睿チウ・イールイ冷懿ラン・イーが糸を張ったのを確認すると、細い糸の上にふわりと飛び乗った。糸は微かにしなったが、切れることはない。


 秋一睿チウ・イールイは一つ息を吐いてから、その細い糸の上を危なげなく走りだした。いとも簡単に行われたが、優れた平衡感覚を持つ者でなければ不可能だろう。


「名もなき剣よ、もう一度力を貸せ」


 折れた剣が、秋一睿チウ・イールイの声に応えるように震えた。秋は剣の震えを抑えながら“雪冰一条せっぴょういちじょう“の構えをとった。”雪冰一条せっぴょういちじょう”は剣を横一文字に振り、大きな妖鬼を一刀両断するための技である。振った剣の太刀筋が、急激に凍る様子のようにも見えるため名付けられた。


 すると妖鬼のしゅが突然咆哮し、暴れ出した。途端に地面が割れ、轟音が響き渡った。門下生たちの立っている場所まで地面の裂け目が迫ってくる。


「うわっ!」


 冷懿ラン・イーの叫び声が聞こえ、張っていた糸が緩まりかけたので、“雪冰一条“を繰り出すのを止めて、秋は後ろに飛んだ。


 着地した後に秋が振り返ると、冷の身体がよろめいているのが見える。


冷懿ラン・イー!」


 冷の身体がふらりと倒れた。


 かろうじて地面の裂け目は避けたようだが、妖鬼の禍々しい気に当てられたらしい。いや、すでに妖鬼の禍々しい気に当てられて長いのだが、その精神力だけで立っていたのだろう。


 秋一睿チウ・イールイは冷に駆け寄ろうとしたが、鋭い風が吹いて近づけない。


 妖鬼のしゅの身体部分から伸びてきた葉や蔦が、その場にいた門下生たちに迫る。肌や服に細かい切り傷を作り、突風に目も開けていられないほどだ。


 妖鬼のしゅの腕が秋に向かって伸びる。秋が先程斬らなかったほうの腕だ。


白虎殿びゃっこどの!」


 門下生のうちの誰かが叫んだ。


 倒れている冷に気を取られていた秋は、振り返って迫り来る腕に気づきはしたが、逃げるのが一瞬遅れた。


 妖鬼の腕に叩かれるようにして、いともたやすく秋の身体が吹き飛ぶ。


 秋の身体は回転して宙を舞い、木々をなぎ倒していく。五本ほど木をなぎ倒して、ようやく止まった。


 秋の倒れている場所まで一直線に土のえぐれたような線ができている。なぎ倒された木々はどれも二つに折れてしまっている。


 木の葉と枝の中で倒れている秋は、大量の血を口から吐いた。秋の顔がある辺りの地面に血だまりが広がっていく。


 そしてその後、秋は目を閉じて指先一本すらも動かさなくなった。

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