第39話 邪道の術

 秋一睿チウ・イールイが山の妖と戦っている最中、常子远チャン・ズーユエン巴蛇はだの陣を教えてくれた青年と玉剣山で再び会った。


「私は昔大きな怪我をしてしまってね、体をうまく動かせないんだ」


 小雨の降る中で、木の陰で布で顔を隠した青年は話し始めた。


 常子远チャン・ズーユエンは、禁術を使って人を殺してしまったと言う目の前の人物が信じられなかった。


 言葉や態度の節々に常子远チャン・ズーユエンを気遣っているのがわかるから、なおさら人を殺すようには見えなかったのだ。


 青年は右の拳を握りしめるような動作をした。しかし、何かに阻まれるように、透明な球を握っているかのように、完全に握りしめることは出来ない。


「日常生活はなんとか送れるが、剣も握れないし、走れない」


「そんな…… 」


「だからね、自然の力を剣の代わりに使うことにした。太陽の力、雨の力、風の力、植物の力も、利用できるものは全て利用して、ね」


 青年は雨を確かめるように、手のひらを上に向けた。すると、小さな陣が手のひらの上に現れて、木から落ちてきた葉がくるくると舞い踊った。


「僕に教えてくれた陣も、自然の力なの?」


 表情が見えなくても、満足そうに笑ったのが常には分かった。


「その通り。君は物分かりが良いね」


 紙馬しまが啼き、葉を踊らせる陣を消した青年は、その手で紙馬しまをぎこちなく撫でた。


「しかし、私がこの術を使うようになると、人々は邪道だと言い始めた。自分自身の力ではないものは”邪道”らしい。呪部で使われている霊符や術も、作成者または使用者の修行や鍛錬が前提にある。それに対して私の考えついた術は、作成者や使用者が鍛錬を行っていなくても使える。君のようにね。だから、いろいろあってその後、私は追われる身になってしまって、襲ってきた人を術で殺してしまったんだ。よりにもよって、元々は門弟だった人をね」


「…… 」


 時折詰まりながら、”彼”は一つ一つの言葉を紡いでいく。常子远チャン・ズーユエンは、その話を静かに聞いていた。


「だからね、私は門弟を殺した大罪人なんだ。ごめんね、あの陣を教えてしまって。修行したことのない君があの場所から出るには、自然の力を使うしか無かったんだ。でも、このままだと君も邪道の禁術を使うと思われてしまう。だから、君のためにも使わないようにね」


「でも…… ! お兄さんは、そんな悪い人だとは…… 僕には思えないよ」


 常がそう言った時、常には青年が微笑んだように見えた。


「そう言ってくれるのはありがたいけれど、私は大罪人だ。…… その後も随分手を汚した」


 青年はその詳細を語らずに、紙馬を撫でる手も止めた。


「そろそろ行ったほうがいい。黄龍殿こうりゅうどのあたりが疑うかもしれないからね。君も大罪人の仲間だと思われるかもしれない。さらば、囚われていた子よ、もう会うことはないだろう」


 青年は常を両手で抱えるようにして紙馬に乗せて、“黄龍殿まで”と言って押し出した。紙馬は一声啼いて、背中の上に乗っている常を気にすることなく走り出した。紙馬に掴まってさえもいなかった常は、慌てながら後ろを振り向こうとする。


「お兄さん! まだ僕は聞きたいことが…… !」


 しかし、常が振り向いたときにはもう、“彼”の姿はそこに無かった。見えたのは、ただ鬱蒼と茂る木々だけだった。

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