第20話 各勢力、集合

 雪雲閣せつうんかくの方々はこちらへ、と儀仙堂ぎせんどうの門下生がそう言った。手で示された先を見ると、大広間の右奥に七、八人分の席が用意されている。席は座ると大広間の中央を向くように配置されていた。分かりやすくするためか、その一角のみ調度品が白で統一されている。


 常子远チャン・ズーユエンは一番後ろ、冷懿ラン・イーの横にちょこんと座る。政主せいしゅ沙渙シャー・フアン白虎びゃっこ秋一睿チウ・イールイは役職を持っているため、大広間の中央に面した席に座った。


 辺りを見回している常子远チャン・ズーユエンの様子に気づき、冷懿ラン・イーが話しかけてくれる。


「見てください常子远、あれが儀仙堂の政主でもあり黄龍でもある棗绍ザオ・シャオ殿ですよ」


 冷の視線の先には、黄龍であることを示す明黄色の外套を肩に羽織り、大広間の正面中央にあるしょうに座った人物がいる。


「老化が止まっているので若く見えますが、実年齢は三百歳を超えるという噂もあります。それが本当なら、相当なおじいさんですね。彼はすべての勢力が攻め込んできても軽くあしらうことができるような、かなりの実力者ですよ。さらに相当な切れ者ですからね、あの人には注意したほうがよいです」


 小声で冷が説明を続けた。常もじっと棗绍ザオ・シャオを観察する。茶色の袍を着て、腰帯を銀でできた留め具で留めている。


 色素の薄い髪が簾のように顔にかかり、睫毛は長く、夕暮れの太陽のような明るい瞳は思慮深く輝いている。

 

 常には、どうしても棗が三百歳には見えなかった。むしろ、美しい天女だと言われたほうが信じられるほどであった。


「そして、私たちと向かい合うようにして座っているのが泉古嶺洞せんこれいどうの方々ですね。青緑色の外套を着ているのが、政主と青龍ですよ。


 泉古嶺洞せんこれいどう政主せいしゅ柳聰リウ・ツォンは、物腰柔らかであり頭が切れる策略家で有名です。強さを重んじる泉古嶺洞せんこれいどうでは珍しく、知識や自身の政を行う能力で政主となったお方です。


 その隣にいる青龍の麻燕マー・イェンは、泉古嶺洞で随一の剣術や体術の強さを誇ります。問題児と言われることもありますが、義侠心に厚く決して驕らず、見ていて気持ちの良い性格をしておられますよ。また、雪雲閣に少しのあいだ学びに来ていたこともあって白虎殿とは旧知の仲です」


 泉古嶺洞の政主、柳聰リウ・ツォンは、きらびやかではないが独特の優雅な雰囲気を纏って座っていた。艶やかな黒髪をゆったりと結い、金属でできた冠をつけている。


 対して青龍の麻燕マー・イェンは、女性ではあるが豪快に片ひざを立てて座っているため奔放さが現れている。青みがかった珍しい色の髪を頭の高い位置でくくっており、派手な顔立ちをしている。耳飾りとして玉でできた耳璫じとうを付けている。侠客と言われたほうがしっくりくるような見た目だ。すでに酒も二甕ほど飲んでいる。


「向かい側の斜め左にいるのは、天弥道てんみどうの方々です。天弥道は十年前の戦で台頭した新しい勢力です。朱色の外套を着ているのが政主と朱雀ですね。


 政主の顾奕グー・イーは十年前の戦で右腕と右目を負傷し、剣をとることができなくなりました。たびたび悲劇の英雄と評されることもありますね。憂いのある瞳が、とよく言われますが…… 何時もあのような表情をしているだけだと思います。皆が言うほど悲観的で静かではなく、話してみると明るくて気さくな方ですからね。


 朱雀の南祯ナン・ヂェンは、真面目で自分にも人にも厳しい方です。確かな実力を持ちながら鍛錬を欠かさない姿に、門下生になりたいと望む人は多くいるそうですよ。棗绍ザオ・シャオ……黄龍殿こうりゅうどのとは犬猿の仲、というより黄龍殿は人を嫌いませんから、朱雀殿すざくどのが一方的に苦手なようです。その割にはよく一緒に酒を飲んでいるのを見ますね」


 天弥道の政主、顾奕グー・イーは常が一目見ただけで美丈夫だと思うような顔立ちである。しかし、右の眉上から右頬にかけて縦に入った傷が痛々しく感じられる。傷によるものなのか、左目が茶色であるのに対して、右の瞳は白く濁っている。

 

 その表情は底知れなさがあり、見つめられると緊張してしまいそうだ、と常は思った。


 朱雀である南祯ナン・ヂェンは目つきが鋭く、その厳しさが表情に出ている。比較的年齢を重ねているほうであるが白髪はほとんどなさそうで、欠かさず行っているという日々の鍛錬のおかげか体格もよい。


 動きが素早く隙がなくて、実際に前に立つと緊張してしまいそうだ、と常はふたたび思った。


「いろんな人のこと、詳しいんだね」

 冷懿ラン・イーによる一通りの説明を聞いて、自分には到底覚えられなさそうだな、と常が感心して言った。

「ええ、外の者たちとの交流や交渉をするのが私の役目ですからね」

それが当然だというふうに冷は言った。


 そう言っているうちに、雪雲閣せつうんかくの左側――大広間の入り口から見て右前――に、黒に赤や茶が混ざったような、玄色の外套を羽織った集団が現れた。


玄郭げんかくの方々が到着したようですね。玄郭も比較的最近に台頭した勢力です。政主の于涵ユィー・ハンは、類い稀なる頭脳を持っていて、玄郭にある蔵書殿ぞうしょでんの書物をすべて覚えているとの噂もあるほどです。性格は落ち着きがあって、市井の人々に対しても親切心を持った方です。


 玄武の智墨辰ヂー・モーチェンは、妖鬼を倒す頭の役職では一番若いですが、矛術は玄郭において他に比べる者が居ないほどですね。そしてまだまだ強くなるでしょうし、これからの成長が楽しみなお方です」


 玄郭の政主である于涵ユィー・ハンは女性であり、紫がかった絹のような黒髪を結い、残りの髪を腰まで垂らしている。濃い色の瞳は、思慮深さと上品さが感じられる。


 玄武の智墨辰ヂー・モーチェンは見た目にも年若い少年であった。明るい茶色の髪に優しげな大きな目はまるで少女のようであり、多くの勢力が集まる会合に緊張した面持ちである。


「若いのに僕とは大きな差がある」


 常は自分と同じくらいの年齢の智墨辰ヂー・モーチェンを見て肩を窄めた。いくら緊張していようと、妖鬼退治の頭であるのに違いはない。


「何言ってるんですか常子远、君はまだまだこれからでしょう?」

 常の様子を見て、冷がくすりと笑った。


「いや、そうかもしれないけど…… 」

 常は今は門下生であっても、今まで鍛錬も何もしてきたことがない。妖鬼を倒す、などということは夢のまた夢である。雪雲閣での門下生たちの様子や儀仙堂の活気ある人々を見た常は、自分が何もできないことに落胆してしまっているのだ。


「もうすぐ会合が始まる。静かにしておけ」


 白虎びゃっこ秋一睿チウ・イールイが、わざわざ後ろを向いて数席後ろに座っている常と冷を注意したので、二人はおとなしく口をつぐんだ。

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