第64話 鄭家の話
天弥道で戦が起こっていることはつゆ知らず、
「
見張りとして牢の前に立っている
「お前、囚われの身のくせに僕に話しかけるなよ! ……知ってるけどさ。玄郭の者で
「ねえ、
大きなため息をついて、
「お前、本当に懲りないな! もういい、お前と話すのは政主様のためだからな。決してお前のためじゃない。……
「そうなの?」
「ああ。だが、
智が腕を組んで常を見つめると、常は”罪人”という言葉に反応して思わず立ちあがった。
「あの人は罪人じゃない! ……罪を着せられたって言ってた」
「は? どういうことだ? そんなのそいつが
常は智の言葉に対して、何も返すことはできなかった。玄武の職に就いているだけあって幼いながらも聡明らしく、独り言のように思考を口に出しながら
「……それで、なんでお前は、
しばらく経って一通り考え終えたのだろうか、智が常に質問した。
「
「……へぇ」
「あのときみたいに、僕は後悔したくないんだ。だから知りたい。彼のことも、自分の事も」
智はしばらく黙っていた。大きなため息をついて、頭を掻いた。銅燈の火もゆらりと揺れている。
「政主様が物事をいろいろな目線で見なさいとおっしゃるのは、この為か」
「え? どういうこと?」
「なんでもない。僕の独り言だ」
「……?」
常は納得出来ていない顔をしていたが、それに対して、智は何かに納得して晴れ晴れとした表情をしている。
「お前のことはなんとなく理解した。だが、
妖の取り憑いた折れた剣は、何にも使えないだろうということで没収されることはなかった。暁片に住んでいた妖だと知れたら没収されるだろうが、一目見るだけでは使い物にならない剣にしか見えない。それに、剣を使って逃げようという気持ちが
「分かってる。これ以上、師兄や
「……」
智は常の言葉を聞いて、急に浮かない顔をした。
「玄武さん、どうしたの?」
「僕がもっと強ければ、政主様にこんな卑怯なことをさせなくて済むのにな」
いくら政主の決めたことだとはいえ、智は玄郭の行っていることに後ろめたさはあるらしい。大きな翠玉の如き目を伏せて、表情は憂いを帯びている。
「優しいんだね、玄武さんは」
「は? うるせえんだけど! お前、やっぱ黙ってろよ……」
智が暗闇でも分かるくらい顔を赤くして、常を指さした。表情がころころと変わるため、見ていて飽きない人だと常は思ったのだった。
だが、何かの気配を感じ取ったのか、すぐに智は顔色を変えて険しい表情になった。
「……誰かが来る。合図がないのに来るのは変だ。お前、気をつけ――――」
智が辺りを警戒するようにそう言って、振り向きざまにふらりと倒れた。手にしている槍が音を立てて落ちる。
「玄武さん!? どうしたの?」
急に闇に溶けるようにして銅燈の火が消える。辺りは暗くなり、暗闇に慣れた常であっても何も見えない。
「…………吸うな、これは……ねむらせるための、どく、だ」
暗がりの中、かろうじてその言葉だけを発し、智は目をつむった。
「玄武さん!」
常は叫んだが、毒という言葉を思い出し、すぐに牢の木枠から後ずさり、袖で口を覆った。
そして、壁ではない何かにぶつかった。
「偉いね、ちゃんと毒を警戒できるのは」
常の後ろから声がする。聞き覚えのある、滑らかな声だ。常がぶつかったのは人であるらしい。
常の左腕が引っ張られて、身体が”何か”に引き込まれる。引き込まれる中で振り返って見えたのは、赤黒く光る丸い陣だ。人の身長ほどもあり、円の中に狗のような文様が現れている。
常の身体はすうっと陣を抜けて、また暗い闇の中に転がり出た。転がった勢いを生かして起き上がると、暗い中でもわかるような赤い目の青年が立っていた。
「……お兄さん」
赤い目の青年――
「やあ。会うのは三度目だね」
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