第六章 戦いの四年後

第87話 継承の儀

 維帝いてい統治の世、本永ほんえい二十二年。”厄災を招く子”が常院楼で発見され、天弥道での戦いがあった年から四年の月日が流れた。


 立夏を少し過ぎた頃。なつめの花が至る所で咲く中、儀仙堂にはいつも以上に人が集まっていた。儀仙堂の門下生や書部、呪部はもちろん、他勢力の政主まで儀仙堂に訪れているようだ。


 儀仙堂中枢にある儀龍殿の大広間には、ずらりと人が立ち並んでいた。大広間の至る所に掛けられた、薄い金色の紗の布が風に揺れている。屏風が整然と並ぶ中、奥の几には暁片のかけら、そして暁片の妖が住む折れた剣が飾られていた。


 それぞれ冠礼と笄礼を過ぎた棗愈ザオ・ユィー棗瑞玲ザオ・ルイリンに、棗绍ザオ・シャオが微笑みかけた。


「やっとお前たちに政主と黄龍を引き渡せる」

「「はい、叔父上」」


 棗瑞玲ザオ・ルイリン棗愈ザオ・ユィーに、政主と黄龍の証である明黄色の外套が授けられる。二人は恭しく外套を受け取り、身に着けた。


「見よ、新しき儀仙堂の政主と黄龍である!」


 儀仙堂の政主と黄龍が交代するのは数十年ぶりであり、政主と黄龍を継いだ二人に対して人々から歓声が上がった。


 そのとき、大広間の奥からまばゆい閃光がほとばしった。暁片のかけらと折れた剣が飾られている几がある場所からだった。


「何だ……!?」

「眩しいぞ!」


 大広間にいる人間は皆、波打つようにざわめいた。棗绍ザオ・シャオも袖で目元を覆いながら、光が止むのを待つ。


 そして光が消え、皆が目を開けると、折れた剣があった几の前に青年が立っていた。焦茶色の癖のある髪を頭の高い位置で無理やりまとめているようだ。空青のような色をした直裾袍を身にまとい、袖や裾からはすらりとした手足が覗いている。


 青年の濃い色の丸い瞳が、皆を見渡した。その眼差しは無邪気な子どものようでもあり、過去を懐かしむ老人のようでもあった。


 棗愈ザオ・ユィーが数秒青年を見つめた後、思い当たったように人差し指を立てた。


「…………お前、もしかして常子远チャン・ズーユエンか?」


 常子远チャン・ズーユエンと呼ばれた青年は嬉しそうに頷いた。背が随分と伸びたのだろう、四年前は頭の半分以上差があった二人の目線の高さが、今は同じくらいになっている。


「久しぶり、棗愈ザオ・ユィー。もしかして、皆の邪魔をしてしまった?」


「いいや、そんなことはない。……お前が生きていてよかった」


 しみじみと呟くようにそう言った棗愈ザオ・ユィーの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。



 突然見知らぬ青年が現れたため、儀龍殿の大広間の中は騒がしくなってしまい、政主と黄龍を継ぐ儀どころではなくなった。人目を避けながら、常子远チャン・ズーユエン棗愈ザオ・ユィー棗瑞玲ザオ・ルイリン棗绍ザオ・シャオの四人は居龍殿へと逃げるように入った。


「それで、どういうことなのですか? 折れた剣が光ったと思えば、あなたが突然現れるとは……」


 居龍殿の主となった瑞玲ルイリンが漆塗りのながいすに腰かけて、常子远チャン・ズーユエンに問いかけた。置かれている調度品を見て回っていた常は、振り返って数度瞬きした。


「話せば長くなるんだけど、聞く?」


 もちろん、という風にながいすに並んで座った三人が頷いた。

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