第77話 紫色の炎

 季宗晨ジー・ゾンチェン常子远チャン・ズーユエンが大きな陣を潜り抜けると、見渡す限り青青とした竹林であった。だが、空には厚い雲がかかり夜のように暗く、妖鬼の類いや動く死体が跋扈している。天弥道てんみどうの門下生や応援に来た他門の門下生であろう人々が、まさに今襲いかかってきている妖鬼と死体たちの群れと戦っている。


「これは……どういうこと?」


 季宗晨ジー・ゾンチェンに手を引かれて歩き、辺りの光景を見た常子远チャン・ズーユエンが、青ざめた顔で問いかけた。鄭蔚文チェン・ウェイウェンや大会の時に見た光景を思い出したのだろう。


「私が仕組んだ」

「お兄さん、なんでそんなことをするの?」

「復讐のためだよ」


 季宗晨ジー・ゾンチェンは赤い瞳を妖鬼に向けながら、常から手を離して静かに答えた。


「もしや、十年前の戦の復讐のため……なのですか」


 遅れて陣から出てきた秋一睿チウ・イールイが、復讐という言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。秋の剣を持つ手が震え、剣のせいであるのか雪交じりの風が吹き出した。


「うん」


 季宗晨ジー・ゾンチェン常子远チャン・ズーユエンの首筋に向けて陣を展開したまま言った。先程まで取り乱して涙を流していたというのに、別人のように冷静である。常子远チャン・ズーユエンは先ほど解かれた季の手を引っ張った。


「お兄さん。なんでみんなを巻き込むの? 復讐は自分の心にとって大事だって鄭蔚文チェン・ウェイウェンも言ってたけど、僕は復讐のために天弥道の人たちを巻き込むのは、間違ってると思う」


「間違ってる、そうだね。天弥道てんみどうの人達には申し訳ないと思っているよ。しかし、私は十年前から選択を間違え続けている。何もかもが天命だというのなら、今だけは天命に背き自分の意思で動こうか。……始めよう」


 そう言うと同時に、季宗晨ジー・ゾンチェンは四枚の霊符を飛ばした。常子远チャン・ズーユエンは、季の表情を見て、自分の言葉により季が”まずい”方向に向かってしまったのではないかと勘づいた。


「お兄さん……!!?」


 季が霊符から陣を形成し、何人かの人間が叫び声をあげた。邪気を帯びて剣に操られているかのような様子だ。

 秋一睿チウ・イールイがすばやく剣を抜いて尋ねた。


「師父、あの者たちに何をしたのですか?」


「前もってまじないをかけてあったんだ。天弥道てんみどうには呪部がいないから気づかなかったんだろう。それで今、霊符でまじないを増幅させたから彼らはああなった。……あの人たちはね、十年前にこの地を襲った者たちなんだ。帝の統治の世に戻したい派閥らしい。本当の目的は、各勢力の力を弱まらせることにあった。だから、天客の統率者を殺し、先代青龍と私に危害を加えた」


「どういうことですか? 天客が暁片を持っているとして攻め入ったのではないのですか?」


「それは表向きの理由だよ。いや、その理由で攻め入った者たちもいた。本当の理由は、一部の者しか知らなかったようだね」


 季宗晨ジー・ゾンチェンは、そう言いながら、主犯格と思しき男が言ったことを思い出していた。帝が統治する、あるべき世の姿に戻す――。


 操られていると思しき人間がこちらに向かってくる。足をもつれさせながらも向かってくる様は、もはや人間の走り方とは言えなかった。


「赤目の白虎! 俺たちに何をした!?」


 思考は乗っ取られているわけではなさそうで、男が剣を振り回しながらはっきりとそう叫んだ。季は微笑むだけで答えない。


 男の姿を見た秋が素早く走りだし、男と剣を交えた。そして、季に向けて叫んだ。


「師父、貴方の行おうとしていることは常軌を逸している。私は、貴方を止めなければならない。雪雲閣から追われるあなたの手をとり、引き留めることすらもできなかった私にできるのは、それだけです」


 男の持つ剣を叩き割り、雪花の鞘を男の鳩尾に食らわせた。男は体勢を崩して、地面に転がった。


一睿イールイ。それでこそ、白虎にふさわしい。妖鬼を斬り倒し、その死体の山の上に君は立つ。どうか、私のようにならないでね」


 そして倒れている男に向かって笑いかける。


「では先ほどの君の質問に答えようかな。君たちには陣の贄となってもらうようにまじないを施した。そうでなければ、十年前の敵とどうして手を組もうと思えるだろうか」


 倒れていた男が、身を引き裂かれているかのような叫びをあげる。紫色の炎のような何かが男の身体から立ち上る。空を見ると、何本も同じ色の炎が上がっているのが見えた。


「……私は、君たちを許すことができなかった。あの時攻め入った人間を一人残らず集めて殺すのを望みとして、ずっと生きながらえてきた!」

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